第71期 #8

 高校最初の夏休みももうすぐ終わろうかという頃。祖父が亡くなり元気がなくなった祖母を連れて、母と伯父と僕とで京都へ行った。
 初日の夜に妹から電話があった。妹は出来の悪いくせに私立中学に行ったので、夏休みは毎日補習で留守番だった。妹から告げられたのはクラスメートの訃報だった。トラックにはねられての即死だったそうだ。
 翌日、智積院と三十三間堂へ行った。知人が死んだ翌日に寺社仏閣で僕は何を祈ればいいというのだろう。夕食後京都駅で別れて、僕は一人帰路についた。夜行列車といっても座席が傾くだけでベッドもなく電気も消えない。眠れずに死んだ女の子のことを考えた。中学が違うのだから出会ってまだ五ヶ月弱。おまけに夏休みで丸一ヶ月顔も見ていないから、うまく思い出せない。印象が薄かったわけではない。友達も多かったと思うし明るい子だった気もする。ただ僕は彼女に全く興味がなかった。多分会話したこともない。
 その程度の関係ならばわざわざ告別式の為に帰ることもあるまいとも思うのだが、今後クラスでの立ち位置が悪くなりそうだという打算もあるし、僕はクラス委員だった。正直だるいが仕方ない。
 結局眠れぬままに夜は明けた。家に帰ると制服に着替え、鞄に文庫本だけ入れるとすぐ出かけた。土産にクッキーを買ってきたのだが、置いてきた。
 教室では皆が沈鬱な顔をして座っていた。空席は一つだけ。来なかったら本当にまずかったなと胸をなで下ろした。かなり長い時間待たされた。眠かったがここで寝るわけにはいかない。退屈だが文庫本を開くわけにもいかない。ここにはそういう空気があった。
 ようやく体育館に全校生徒が集まると、ここもやはり重い空気に包まれていた。本当にみんな悲しいんだろうか。クラスが同じ僕でさえこうなのだし、この中には彼女の存在すら知らなかった人も少なくないはずだ。中には嗚咽が止まらない人もいるが、きっとほとんどの生徒は悲しいふりをしているだけなんじゃないか、と思った。
 言うとは思っていたが、校長が「みなさんも車には気をつけて下さい」と言った。失笑を漏らすわけにもいかず、僕は悲しいふりをした。
 この後野球部が所有するバスで、僕らのクラスは故人の家へ告別式に行かねばならない。体育祭で使うテントを教師が積み込むのを眺めながら、クラス委員の僕にはまだまだ仕事が残っていそうだと思った。ため息さえこらえながら、とにかく眠かった。



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