第7期 #22

怪奇実話 鳥人事件の大真相

 オヤあれは何だらう! 帝都上空に不思議の人影、再々目撃さる! 事実は小説より奇なりとは正に此の幻怪なる突発事であります。目下、満都の男女に大評判の鳥人事件は大正の世の新怪談、今や鳥人と聞けば東京市民こぞつて天を見上げるやうになつた。果たして鳥人の正体は何者でありませう。驚くなかれ其の大真実を吾輩が諸君だけにコツソリ暴露しようと云ふのですから刮目せられよ! まづは市民の語る処を聞け。

原田シゲさんの談話
 用事がありまして浅草の叔父を訪ねましたのです。叔父は十二階をあたかも自分が建てた物のやうに自慢してゐますから連れて行かれましたのですけれど、此の世の物とも思はれぬ大建築の威容を呆然と見上げてをりましたら正に其処にあれが飛んでゐたのです。鳥みたやうに巨大の翼をバサバサやつて八階の辺をグルリ飛んでをりました。驚いてアツと声を上げましたから叔父も周囲の人達も皆あれを見ました。アラ不思議だねエ、鳥かしら人かしら、と大騒動になりました。皆で本当に見たのです。信じて下さいませ。

 浅草に名物が増えたと喜んだ叔父殿には申訳なくも、大胆不敵の怪人は其後、市中の随処で神出鬼没の大飛行を反復したのであります。
 市民の実見談を統べるに、鳥人の身丈は五尺余、両翼端の幅も五尺程にして、全体を鼠色の羽毛にて覆ひ、面は梟の如きなるも身体的の形状は人間に類し、足は鳥類同然に鱗を有して鋭利なる爪を末端に配し、腕は有無の二説あるが吾輩の意見では翼に転じてなき物と覚える。日本橋で一婦人が襲はれたと聞くが甚だ怪しく、風説に云ふ性質の凶悪は信ずるに足りぬ。
 たちまち新聞報道の過熱するに至り、帝大教授らエライ学者先生方は口を揃へ鳥人の科学上不可能なるを主張し、鳥が人に化するも人が鳥に化するも科学万能の当世に類なき神秘であるからあり得ぬ事ゆゑ断じてあり得ぬのであると庶民の迷信を嘆かるゝが、嘆くべきは先生方の禿頭内部に腐乱せるヘチマの脳髄であると言はねばなりません。あり得ようとあり得まいと、稀代の怪鳥紳士は確固に実存するのであります。
 片や超心理学者を称する某先生は、

 あれは何か悪しき兆に相違ない。キツト大きな地震が来るぞう。

 と言ひ残して早々に市内から引越したさうで、ナントそゝつかしい人でありませう。吾輩は地震なぞ知らぬ。たゞ飛びたいから飛んでゐただけであります。暴露は以上。では諸君! さやうなら。バサバサバサ……



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