第66期 #16

糞の礼

 二年間ほど日帰り温泉に正社員として勤務していた。
 ロッカールームでは客が全裸になる。尻を見ていた。一〇〇〇〇人は観察した。汚いの弛んだの。男の体は総じて尻だ。若い筋肉で傲慢に吊りあがったの。脂肪にでっぷりとはちきれているの。男湯でも女児なら入浴することがある。未熟な性器をあらわにして。つくづくゲイやペドには向かない職業だと思う。
 ある晩。休憩前だから十八時十分くらいのことだろうか客に言われた。
「風呂がきたない」
 関さんと風呂場にむかう。関さんは五八歳女性。清掃担当のパート社員で四年勤務している。浴場の出入口付近の床に水溶状の大便が散乱していた。湯温にあおられた臭気が鼻腔の奥にこびりつく。
 多量。排水溝に流すことにする。風呂桶で浴槽から湯をすくいその湯で床を掃く。
 客の大半が傍観していた。手伝ってくれる客もいた。冗談を言う客もいた。
「運がついたな」
 浴室を出ると正面にトイレがあるのだが、風呂場を片し終えて戻るとその扉の前に白髪頭の男がいた。ここにも嫌悪をもよおす臭気。白髪頭の男は非常に興奮していた。
「しようがないだろ」

 休憩時間に聞いた関さんの話によれば風呂場をよごしたのは白髪頭の中学生の息子だそうだ。障害児らしい。言葉がつたなく排泄の意思伝達がおくれた模様。風呂場で粗相をしつつトイレへ駆けこんだという訳だ。関さんは俺よりも休憩にはいるタイミングが遅かったので状況に詳しい。
 白髪頭は羞恥と周囲の無言の注目から自分と息子を衛るために怒っていた。その怒りだけに対して関さんは怒っていた。
 関さんは言う。
「仕事だからするけど」
 俺は関さんに調子を合わせ同意した。パートの精神衛生管理は俺の仕事だった。

 休憩後に支配人の笹川さんから聞いた。件の白髪頭が退館時に紙幣を渡してきたがルールとして断った。
 それが他の従業員の目にふれた。そのため白髪頭はこころを金銭で売買する人物として此方側に認識された。従業員たちは陰で相当あし様に白髪頭のことを噂したようだ。
 笹川さんが言う。
「しかたがないよな」
 笹川さんの結婚相手は不妊症で子供がいない。

 後日。白髪頭は詫びに菓子折りを持ってきた。現金でなければ受け取れる。
 笹川さんがそのお菓子を食べながら言う。
「うんこのお礼だって」
 はしゃいでいた。関さんにと名指しで渡してきたらしくそれがうれしかったのだろう。
 俺の名前がなぜ省かれていたのかは謎だ。



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