第63期 #16

終末農園

 よく太った部長は私の履歴書を一瞥して言った。
「フリーターさんだね」
「いいえ派遣です」
「フリーターさんの派遣だね」
「…………」
「そう。君の仕事場は地下だよ」
 部長は私を連れてエレベータに乗り込んだ。大企業の高層ビル内の高速エレベータは足が浮くほどの速度で奈落の底へ落ちていった。地下の野菜工場管理の仕事という話だったが、扉が開くと、そこは農園だった。巨大な地下室は天井が見えないほど高く日光と変わらぬ暖かな光に満ち、畑の中の畦道を野良着姿の人たちが歩いていた。
「遺伝子改良による自律農業すなわち作物自身が管理する最先端工場だ」
 部長が老人を呼び止めた。老人は頬にトウモロコシの粒を付けていた。部長がテレビのリモコンのような装置を向け、リモコンに表示された数字を私に見せた。老人を連れてエレベーターに乗り、さらに地下にもぐった。そこは冷凍倉庫だった。部長は老人を冷凍庫にしまった。
「収穫期のトウモロコシは数字が出る。それを収穫して番号順に冷凍庫にしまうのが君の仕事だ」
「印象を悪くしたくなくて黙っていましたが、ぼくはフリーターではなくて派遣会社から派遣された契約社員です」
「うん、うん。君の住居は工場の中にある」
「前任者のことを聞いていいですか。なぜその人はやめましたか」
「うん、うん」
 トウモロコシの自律収穫を目指し人工進化を突き詰めた結果、彼らは人間に似た形態になった。彼らを収穫するのが目的であるから、彼らの遺伝子から生き延びたいという欲求を抜き去ることはできず、そして生産は続けねばならず、そのような環境の中で結果人間を装って生き延びようとする突然変異トウモロコシが優性品種として残ったのだ。部長は農園の隅の小屋に私を案内して帰っていった。私は小屋に住み農夫然としたトウモロコシを収穫する作業を続けた。会社はトウモロコシの安定供給以外に興味がなかった。トウモロコシ栽培はアウトソーシングされ分社化され株式は多様な金融商品に組み込まれ、この工場がどうなろうと本社には影響ないようだった。
 ある日私は三十過ぎの女を収穫した。彼女は口が利けた。
「私はあなたの前任の派遣社員です。この仕事に疑問を持って自らトウモロコシになったのです」
 そう訴える女を私は冷凍庫に収納した。契約は一年だが真面目に働けばさらに一年延長してもらえるだろう。雨の降らない地下室の暖かな陽射しの下で、私は部長の電話を待っている。



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