第62期 #7

キメラ

 夏の終わりだった。九月のこと。二七歳。俺は無職だった。

 碌無し返上の為に必死で新聞配達をした。住宅街を廻る最中、夏休みで遊び狂っている子供達と仲良くなった。たぶん二、三年生。前職で接客業をしていたのが奏功したのだろうか。
「仕事見つかった?」
 まだなんだぜ。子供達に身上を案じられる。彼らから見ても俺は、大人世界から零れ落ちたと分かるんだろう。

 子供ルールがあった。例えば親密度が高まると内々のテリトリーに案内される。
【知ってる】おじさんに会わせてやんよ。
 商店街。古びた模型店に俺は誘われた。そこには四〇歳程の男がいた。
「やあ。考古学気違いです」
 店には模型など見当たらず化石標本が並ぶ。子供達曰くアンモナイトや恐竜の牙。
 子供達のひとりが言った。
「今日のうちの晩ご飯は?」
「知ってるよ」
 注目すべき問答だった。
「コーラの作り方は?」「戦争なくなるのいつ?」その全てに対して気違いは「知ってる」とだけ答えた。その都度子供達はしゃぐ。この人なんでも知ってるぜと騒ぐ。理解。ここでは緩慢な関係が許されていた。高級な毛布を初めて夜具にした時の気分。高い毛布なんか使ったこと無いけど。

 その晩に俺は模型店を再訪した。
「来ると思っていました」
 缶ビールでもてなされる。
 気違いは発掘のバイトで口に糊しているそうだ。世間的歩き方が覚束無いらしい。学士の免状すらない。自称「気違い」も正式に考古を学んでいない故の自重だろう。
 俺は口を滑らせた。
「前の仕事が辛くて抑鬱に」
 それで躓いたんです。途端に滔々と俺は自分の経緯を話した。上司から詰問されると脳味噌に電気の網を被せられたみたいになって何も考えられなくなるんです。
 気違いに相似を感じていた。俺も彼も、うっかり世の轍から足を踏み外していた者同士だったのだ。
 三缶目に口をつける。俺は模型店に並ぶ奇妙なオブジェを指差す。アンモナイトの巻貝の外側に幾つも牙が飛び出していた。鋭い刃のついた歯車みたいだった。それは化物だった。
 気違いが教えてくれた。
「子供の工作です」
「牙が一枚剥がれてる」
「似てますね」
 私達はキメラの一部にもなれなかった部品なんですよ。気違いが呟いた。

 俺は反論した。
「接着剤の質が悪かったんです」
 気違いが笑った。
「その接着剤はどこで買えますか?」
 俺は沈黙した。気違いは俺の未来のようだ。酷く弱々しく、気違いが言った。
「私なら知っているよ」



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