第62期 #6

百円の正直(1000文字版)

 お店でさ、もらったおつりが、100円多かったら、どうする? もらっちゃうよな。店のほうが間違えたんだから、こっちはジャラッと財布に入れちゃえば気がつかないよ、って、気がつかなかったフリしちゃえば100円ラッキー、ってさ。そういや、ワイン3本買ったのに2本分の値段でレジ打たれて、電車乗ってから気がついてお金払いに戻ったっていう話はどこで聞いたんだったかなあ。さすがにワイン1本は高いよな。払うよな。そう、その話聞いて、思い出したんだよ。うちの母親のことなんだけどさ。
 母親の話する前に、俺のことだけどさ、俺、昔っからケチなわけよ。わかるだろ? 自分が頼んだつまみは自分のもの、っていう、この、皿の置き方がさ、もうさ。お前手ぇ出すなよ、みたいなさ。あはは。でもあんた、それで嫌そうな顔しなかったから、こんな話してんだけどさ。なんでこんなにケチか、ってさ、ようは俺、仕事できないわけよ。ガキの頃にそう、悟っちゃったわけよ。だから小学生んときから、お年玉もらえば全部貯金してさ、マジマジ。それ、その貯金、切り崩しながら生活してくんだ、と思ったのよ。小学生で将来設計してんだから、素晴らしいよな。え? 暗いって? まあね。でも俺としてはさ、そんなに悪くないアイデアだと思ったわけよ。だって、仕事なんかできないけど、なんとか生きてこうってんだから、前向きだろ?
 でも俺がこんなだからってさ、親の顔が見たいとか、ホント言われたくないんだよな。そう、それで、母親の話だけどね。まだ俺がガキの頃、ったって中学生くらいになってたかなあ。とにかく、親といた頃だよ。母親と、あんときは親父もいたなあ。日曜かなんかだったんだろな。とにかく三人でさ、昼飯食いに行ったんだよ。定食屋みたいなところに。で、食事終わって、俺、トイレ行ったわけ。それで、トイレから出てきたらね、店員が二人で、ほんわかしたかんじでさ、いまどき珍しいよねえ、って話してんだよ。もう客いなくてさ。なんだろ、と思いながらさ、ありがとうございました、って言われながら車行ってさ、なんかあったの? って訊いたんだよ。
 そうしたらさ、おつりが100円多いから、返した、って、母親が言うわけ。それで納得だよな。店員の、いまどき珍しいよねえ、って話。俺の母親ってさ、そういう人なわけよ。俺がいくらこんなでもさ、親の顔見たいなんて、言われたかないわけ。な。わかるだろ?



Copyright © 2007 わたなべ かおる / 編集: 短編