第62期 #5
『今日は久しぶりにバッティングセンターに行ってきました。実際にバッターボックスに立ってみるとボールが想像よりもずっと速くて、最初はバットを振ることもできませんでした。だんだん目が慣れてきて、何発か気持ちの良い音をして打てたこともあって、楽しく遊びました。これから毎週行ってみようかなと思っています。よろしければ、あなたもご一緒にいかがでしょうか。』
ペンを置いて、便箋を封筒に入れる。真っ白な封筒には宛名も書かなければ、差出人も書かない。郵便やさんに迷惑をかけるのだからと、せめて切手だけは貼っておく。その封筒を、誰もいない真夜中にポストに投函する。
これは誰かに宛てた手紙ではない。しかし決して悪戯などではなくて、書いたことはすべて本当のことである。バッティングセンターに行ったことも、あまり打てなかったことも、それでも思い切りバットを振ったことが気持ち良かったことも本当のことであり、毎週行こうと思っていることも、手紙を読んでくれた人にも来てもらって一緒に遊びたいことも、決して嘘などではない。
どうすれば。誰とも会わない帰路に、幾度目とも知れない溜め息を漏らす。自分のことを誰かではない自分として受け入れてもらうためには。光の見えない小路で、幾度ともなく悩んだ願いを繰り返す。どうして。思考の迷路はいつも、この言葉で行き止まる。どうして声をかけないの、怖いから。どうして怖いの、傷つけられそうな気がするから。どうしてそれでも受け入れてもらいたいの、疎外感に耐えられないから。どうして耐えられないの、どうして、どうして。
『だって寂しいんだもん。どうしたって寂しいんだもん。だから、声をかけてください。きっと来週もバッティングセンターに行くから。だから』
罫線など無視して書きなぐった便箋を、また真っ白な封筒に入れる。それを今度は声を変えるヘリウムガスを入れた風船にひもで括りつけて、曇りで星明かりのない真っ暗な空に放つ。頼りなさそうに浮かんだ風船は、しかし夜風に吹かれてすぐに見えない遠くへと飛んで行った。
こんなくだらない思いも、風に吹かれて飛んで行ってしまえば良いのに。思うこともくだらないことを思いながらテレビのスイッチを入れると、深夜のドキュメンタリー番組でストーカーの事件が放送されていた。陰湿な手口にそれは怖いことだと思いながら寝床に潜り込み、今日もまたとろとろと眠りに落ちていった。