第59期 #14
自分のまわりの地名には先に音があり、文字はあとから当てられたに違いないと考えた。浦和はウラワ、戸田はトダ、与野はヨノの音を表す以外におそらく意味はなく、文字から土地の起源を探ろうと試みることには厳しさがある。この考えに至った理由というのは、多摩丘陵に多くみられる谷戸地名、または同様に谷あいの土地を意味する谷地や谷津が、湿地を表すアイヌ語のヤチに由来すると知ったためだ。無論、平仮名や片仮名で表記されるかぎりは、すべての地名は日本語に含まれる。但し考慮すべきは、日本語とは何かという点だろうか。他言語から孤立した存在として日本語が成り立つことはなく、発音の部分においては特に、他言語との行き来があるように思える。
たとえば熊本弁の「ばってん」と英語のbut thenが、ほぼ同音同義に用いられることは、反論の存在はあるものの興味深い事実である。埼玉弁においても×(バツ)のことをバッテンというときはあるが、そもそもバツとは何だろうか。○(マル)は漢字で書くなら丸となるが、一般的にバツは漢字表記をしない。焼き鳥のハツが英語のheartに由来するように、バツはbutが元ではないかと考えたが、意味が適合していないと気付いた。昔、秩父困民党が幟に「小○」と書いて「困る」と読ませていたことと同様の例が、或いはバツにもあったなら、その記号や音について解釈もできそうだが、目下のところは僕の知識が足りないために、ここでひとまずは終わる。
話を再び地名に戻すと、浦和については、縄文時代の海面上昇期に東京湾が埼玉南東部に浸入していたことと、浦の字とを関連付けて解釈もできる。一方、北海道の日高地方、静内町に同じく浦和の地名があり、単にウラワの音に浦和の字を当てただけとも考えられる。但し、北海道の地名は必ずしもアイヌ語起源とはかぎらない。内地から移住した人々が故郷の地名を付けた北広島のような例もある。地名や言葉は南北方向に、交互に行き来をしていたのかもしれない。話を飛躍させれば、北海道よりさらに北、たとえばシベリアのどこかにウラワやトダやヨノといった小さな町があるかも判らない。遠くのウラワが浦和からの移民による町なのか、発音の偶然の一致であるのかは不明だが、埼玉より遥かに涼しい気候にあることは判っていて、多分、少しは似通った言葉を話している。語彙を増やすためと避暑とを兼ねて、いつかはここを訪れたい。