第59期 #13

バドミントン

 南フランスのとある丘に、一人の影がいる。
 絨毯のようなみどりの柔草が風に弄ばれている。丘の上には一本のざくろの木があって、枝先で赤い実を揺らしている。
 昔から影はここでバドミントンをしている。影のラケットを持っていて、影の羽を叩く。
 飛んで行く羽は彼から離れると見えなくなり、一陣の向かい風が吹く。すると影はラケットを構えて打ち返す。
 そうして影は暗くなるまで風とバドミントンをしている。飛び上がったりしゃがんだり、風の強い日は影の動きも激しくなる。打ち込まれてしまうと両手を上げて、やれやれといったポーズなんかもする。
 曇りや雨の日は影の姿は見えない。風のない晴れた日には、影は丘の上で一人で座っている。
 丘の土の下には失望して死んだ人の白骨化した死体が埋まっているという。きっとうずくまったまま埋もれてしまったのだろう。
 南フランスのとあるみどりの丘に影がいる。一体何者なのかと訊ねる人があっても、答える口を影は持たない。



Copyright © 2007 灰人 / 編集: 短編