第53期 #34
運ばれてきた木の子ステーキランチに嫌いな茄子がのっているのを見つけたきみは、「ナスビさんはリョウちゃんにプレゼントしてあげましょうね」と戯け口調で僕のほうに茄子をよこす。
関西にきてもう七年になり、似非っぽさもすっかり抜けて関西弁をマスターしたはずのきみが、戯けるときだけは標準語に戻るのは妙な話で、かたくなに関西弁を拒否していたはずのきみが、ある日ひょこっと「そやけどね」といった日のことを思い出したりする。
「今、『そやけど』ってゆったよね」
「え? そんなの、ゆってへんよ」
「あ、『ゆってへん』ってゆった!」
もう五年も前の話で、あの頃僕らはまだ学生だった。
「木の子ステーキって書いてあるのに、なんでナスビがはいってるんやろか。木の子ステーキかっこナスビ入りって書いとかんとあかんのとちゃう?」
そやね、と軽く頷いただけの僕をしばらく不服そうに見つめたあと、きみは昨夜友人と見てきたお笑いライブの話を始める。
「なんしかねー。ジャルジャルがシュールやってん。あのシュールはなんてゆうんかなー。とってもシュールっていうか。なんしかシュールやったんね」
としばらくシュールシュールと繰り返し、シュールという言葉自体が、なんやシュールやなと、サルバドール=ダリの顔が急に思い浮かんできたりして、しきりに喋りつづけるきみの顔に、ダリの髭をくっつけてみたりする。
きみの話のなかにビッキーズのことが出てきたので、「ビッキーズの木部のおかんはうちのおかんの友だちやで」と、何度もいったことをまた繰り返すと、ビッキーズの名前を出したときから、僕がそういうのを知っていたきみは、「須知くんやないのがシブいよね」とこれもお決まりの返事をした。
きみの席の後ろには、いつの間にか親子連れが座っていて、母親が切り分けたハンバーグを、幼稚園児くらいの息子が口をあんぐりと開けて食べていた。父親の顔はこちらからは後頭部しか見えないのでわからない。
お笑いの話がいつしか仕事の愚痴へと変わっていたきみの話を聞きながら、あの親子連れが僕の後ろではなくて、きみの後ろでよかったと変に安心をして、カップスープを啜っていると、僕の背後で、「お、ニンジンまで残さんと全部食べるやなんて、トキオは偉いなぁ」という男の声が聞こえ、急に伏せられたきみの視線で、きみもまた喋りつづけながら僕の肩越しに別な親子連れを見ていたのだと、僕は知った。