第50期 #20
バイトが終わると、いつも一緒に帰ることが普通になってた。バイト中に親しく話をした覚えはないし、住んでいる場所も違うのだが、いつだったか一緒に帰ろうと言われて以来、当たり前のようになっていた。
彼はとても派手なシャツを着て、吃驚するようなデザインのジーンズにカバン、靴の配色もすごかった。 毎日毎日色にあふれた性別不明なそれらのものを器用に着こなしてはいたが、無論ごく普通の山手線の中では、浮いていた。ということは嫌でも人目を引くということで、隣に座る山手線のような配色の私にも視線は注がれた。
「服はね、人に見られるために着るんだよ」
と、いつだったか彼は言った。衆目を浴びて、彼は確かに誇らしげだった。そんな彼を見ていると、私は高校時代のスカートの極端に短い友人を思い出す。
「超むかつくよねえ」と口を尖らせるしぐさも、一人で家路に向かう私の背中に「ちょっとまってよ!一緒に帰るんでしょ」
と追いかけてくる様も、道行く人を見る目つきも、髪をかきあげるしぐさもよく似ていた。丹念に塗りつけたマスカラの扇のような友人のまつげに、彼の天然のまつげも負けてはいなかった。
電車に揺られながら、私と彼はよく服の話をした。といってもそれは彼の独壇場で、なんだかタバサだとかオゾンなにやらヒステリックがどうしたと舌をかみそうな流暢なカタカナがあふれ出す。そこへもってきて渋谷だの代官山だの青山だの六本木だのと私とは縁のない地名の羅列に、女友達のような気楽さの中で、私はほとんど夢心地でその話を聞いていた。
1月のプラットホームで、彼はロシア人がかぶるようなモコモコの帽子をかぶり、インディアンのようなコートに身をすくめていた。
「2月に実家へ帰らなくっちゃ」
「2月?法事か何か?」
「俺年男だからさ、やぐらに登って餅まかなくちゃいけないんだよね」
「年男?餅?実家ってどこ?」
「……愛知」
ため息に乗せて彼は横顔で呟く。
ホームに冷たい風が入ってきて、細い首をもっとすくめた。
「お土産、よろしく」
「ういろう買ってきてあげる」
「それ、名古屋じゃん」
「名古屋は愛知だよ」
彼がポンポンと私の頭を軽くたたく。その手は大きく、骨ばっていて、男の人の手だ。