第50期 #21

愛唱歌

 森をあるいているといつのまにやら冥界で、

  Ciao!

 とわたしがいうと、

  Ciao!

 とかえってきて、

  ここではイタリア語をつかうのですね、

 とつぶやくと、

  そうなんです、

 という声がきこえ、そうなんです、は日本語なので、

  日本語もつかうのですね、

 というと、こんどはこたえがかえってこず、

  ごめんなさい、

 とあやまって、ひあがった河をわたりはじめると、

  おいおいおい、

 という声がし、ふりかえるとウェルギリウスがたっていて、

  おいおいおい、

 ともういちどいうのでおもわず、

  やはり日本語ですね、

 というと、ウェルギリウスは石になってしまい、

  日本語をつかうのだということを知られたくないのだな、

 とおもったわたしは、

  Ciao!

 といい、するとウェルギリウスはもとにもどって、

  Ciao!

 とこたえ、『La Divina Commedia』をくれたので、

  『神曲』ですね、

 といってうけとり、ミノスにヘッドロックをかけたり、ベアトリーチェと野球拳をしたりするウェルギリウスをそのなかにみとめ、

  これは笑えますな、

 と感想をのべると、ウェルギリウスは樫のような四肢をうごかして、これはどうやらジェスチャーらしく、

  これをやるからあっちへ行けというのだな、

 と気がついた私は、全身でどこかをさししめすウェルギリウスに、

  ありがとう、

 といって頭をさげ、ひあがった河をはなれ、小ぶりの木のしたで真っ赤な実をひろうと、それをほおばり、

  ひろうた実 すっぱい あまい すっぱい あまい

 と詠いながら、ときおり、

  こんにちは、

 といったりし、ときたま、

  こんにちは、

 とかえってくることがあって、それはしかしわたしのようなひとのかえす声で、

  日本語はきらわれていますな、

 とそのひともおなじことをいい、なんにんかでいっしょに、

  Ciao!

 というと、

  Ciao!

 とやはりかえってきて、わたしらはみんなで顔をあわせ、

  日本語はきらわれていますな!

 といって笑い、みんなで真っ赤な実をほおばりながら、

  ひろうた実 すっぱい あまい すっぱい あまい

 を愛唱する。



Copyright © 2006 三浦 / 編集: 短編