第5期 #9

砂のユートピア

 地面の砂をはらいのけると、龍のような架空の動物の飾りものがあらわれた。よく似た動物が魔よけとして使われていたのを民族学の教科書で見たことがある。
「これがその……」
 とぼくはいった。
「ああ地図だよ。少なくとも古文書を解読したナブ・アヘ・エリバ博士はそう訳している。『実物大の地図』と」
 マックダンは西の空を見上げて、続けた。
「空気は湿っているし、風も強い。降りだしたら、あっという間だ。着ておいたほうがいい」マックダンはバックパックからレインコートを二着とりだし、一着をぼくに投げた。「向こうの空を見ろ、予想どおり雨季がはじまる。ここは危険だ。移動しよう」
 黒い雨雲が西の空を埋め尽くしていた。砂の荒れ吹く乾季が終わり、短い雨季がはじまろうとしていた。

 雨が降りだしてから何時間になるだろう。マックダンがいった。
「砂が水を吸った。そろそろだ」
 雨はどこまでも激しく降り、風は吹き荒れ、レインコートはただの気休めにすぎなくなっていた。
「さあ動くぞ」
 いままで雨に打たれるだけだった砂が、まるで群をなす無数の巨象が一斉に目覚めたように、あちこちひび割れ、動きだした。雨水と溶けあった砂の流れは低い轟音をたて、ぼくのからだを震わせた。

「昔、この地の王が地図職人たちに大勢の奴隷をあたえ、ここに地図をつくるように命じた」

 古文書にはそう記されていた。

「とうに滅びたアッシリアの都市の地図をつくれ。ありとあらゆる細部を正確に記した実物大の地図をつくれ、と王は命じた」

 砂は地面の傾斜にしたがって一方向に流れていたが、数カ所、流れの向きの違う場所があった。徐々に砂が減っていくと、そこから塔らしきものが現れた。塔の先端には、さきほどの架空の動物が立ち、西の空を睨んでいた。
 時の流れを忘れ、ぼくらは砂の流れを見ていた。砂が流れて減っていくにつれ、ひとつの都市が姿を現しはじめた。いま、ここで、神が大地を削り、ユートピアを建造しつつあるように思えた。完成すれば都市は活気ある人々で溢れ、一度滅びた都市の復活に歓声をあげるのだ。

「王がなぜ地図をつくろうとしたか、わからない。本当にこのような都市が存在したのか、わからない。ただひとつわかっているのは王の死後、数百年にわたって人々はこの地図を造り続けた、ということだけである」

 この地図にある家々の書棚に納められた本を一冊とってみれば、最後まで読むことができるという。



Copyright © 2002 逢澤透明 / 編集: 短編