第5期 #10
夜の11時になっても眠れずにいる桜は、居間にあるテレビの電源を入れた。丁度天気予報が終わるところだった。
「…明日は全国的に気温も上がり、ホワイトクリスマスとはいきませんが、過ごしやすい一日になりそうです。以上気象予報でした。…」
その後に続く退屈な深夜番組を漫然と見続けていた桜は、父が後ろに来ていたことに気付くのに時間がかかった。
「あっお父様、何だか今日は眠れなくて」
「まあ明日はクリスマスイブだからな、そわそわした気分になるのは分かるよ。でも子どもは眠るのも仕事のうちだからね」
「ご免なさい、ところで、今年もホワイトクリスマスにはならないそうよ」
桜には「ホワイトクリスマス」の意味は理解できなかったが、父がそれを問い質すようなことをしないことぐらいは知っていた。
「そうか、この頃天気が良かったからね」
父は暫く考え込んだ。本当は考えたふりをしているのかも知れないとは、桜には考えることができなかった。
「よし分かった、何とかしよう。その代わり、明日は7時までに起きるんだよ」
翌朝、約束通り早起きした桜に、父は特別誂えのドレスを着せた。右肩に桜を乗せ、左肩に大きな鞄を抱えた父は、車庫へと向かった。
「お父様、どこへ向かうの」
「まだ内緒だよ」
近所までドライブに行くにしては荷物がいささか大げさすぎる。そんなことぐらいは桜にも理解できた。一体何処へ向かうのか、隣の町か、山の奥か。或いは以前行ったことのある温泉か。桜の想像力で思いつくのはそこまでだった。
少し寝不足な桜にとって、チャイルドシートはちょっとした揺り籠だった。やがて桜は深い眠りの中へと落ちていった。
雲一つ無い青空。そして足下に広がる白い世界。父の腕の中で目を覚ました桜が最初に見た光景だった。
「本当に真っ白…これがホワイトクリスマスなのね」
その白い世界が砂浜であることに桜が気付いたのは、暫く経ってからのことだった。
「綺麗な景色だろう、冷たい雪だけがホワイトクリスマスじゃないんだよ」
父は桜のためにわざわざ南の島へ行く航空券を買い、更にパーティをするためのちょっとしたホテルを予約していたのだった。しかしそんな細かなことは桜にとってどうでも良いことだった。ただ父が「ホワイトクリスマス」を見せてくれたことが、桜にとって一番嬉しいことだった。
二人は大きな鞄の中からクリスマスツリーを取り出し、どこまでも続く砂浜の上に立てた。
「メリークリスマス!」