第5期 #5

ミッション・イン・ザ・ダーク

 それはコンビニで晩酌用の缶ビールを買った帰り道でのことだった。
 運命? いや違う。はっきりとノーだ。偶然が運命の又従兄弟であっても。
 立ち並ぶ住宅――シビックが停まっていた――の陰から、白い人影が躍り出て、僕の死角に回り込み、どかっと体当たりしてきた。僕はビニール袋に提げていた缶ビールを、したたか電柱にぶっつけた。僕の手が滑らかな人肌の感触を捉えた。
「ごめんなさい」全裸の女が言った。
「あ、いえ」僕は面食らって答えた。
「困ってるの」
 彼女は言った。時刻は深夜零時、季節は冬だった。にも関わらず、彼女は全裸だった。
「どうしたの?」
「とりあえず、人気のない処に連れて行って?」
 誓って言うが僕には下心はなかった。とりあえず僕は羽織っていたコーデュロイの上着を脱いで彼女に着せてやり、近くの公園へと向かった。深夜零時の公園には幸い人気はなかった。僕は彼女をベンチまで導き、素肌には冷たいだろうと腰掛けた自分の膝の上に彼女を座らせた。
 彼女は僕の両肩にそっと手を置いて、何も言わず何も言わせず、キスしてきた。何度も何度も。僕は仕方なく(仕方なくだ)彼女の腰に両腕を回し、彼女の唇に応えた。やわらかな小さな唇だった。
「追われてるの」
 彼女はキスの合間に囁いた。いつの間にか僕は勃起していた。窮屈なジーンズの中で身悶える僕の性器は、彼女の太ももに齧りつかんばかりだった。
「誰に?」
「悪いやつらよ」
「どうして?」
「借金のカタに何もかも取られたの。服もよ。さっき停電があって、それで振り切って逃げて来たの」
 彼女は震えていた。恐怖のせいなのか、寒さのせいなのか、羞恥のせいなのか、僕には分からなかった。たぶんその全部だろう。
「あたしを守ってくれるよね? ねえ、何でもしてあげるわ。何でも」
 公園の反対側のフェンスの向こうに、二人の男が慌しく走って来るのが見えた。街灯に照らされた彼女の不安そうな表情は、僕に救いを求めて小刻みに揺れ動いた。
「いたぞ!」
 僕が迷っているうちに、男たちの方が僕らを発見した。僕は弾かれたように、彼女を抱いて走り出した。心臓がどきどきと早鐘を打った。
「回り込め!」
 男たちの革靴の音が前後から僕らに迫ってきた。
「ねえ、あたしを守ってくれるよね。はっきり口に出して言って?」
 僕は彼女を見つめた。
「君を守る」
 僕は宣言した。行く手を塞ぐ男の顔面に、缶ビールを叩きつけた。そして闇を走った。


Copyright © 2002 野郎海松 / 編集: 短編