第49期 #26

 焼けぼっくいに火がついた、などというわけではない。もとよりそんないい仲ではなかった。恋人と別れたばかりの喪心とうらはらに、身体の裡に籠もった火照りを持て余した若い身体が、同じように疼きを消せぬ身体を探り当てたような、ただ互いの肉慾が融けあうだけの自棄糞じみた関係だった。倦くこと知らぬ色情に驚くでもなく、恋情とは無縁に、ただひたすらにまぐわい、貪り尽くせるだけ貪り合ったあの関係は、終わってしまえば、始めから何もなかったも同然で、互いに新しく得た恋人にそれを繰り返すことはなかった。
 数えてみればもう六年にもなる。お互い二十代も後半になり、そろそろ落ち着かなかれば、という時期に再びこうして身体を晒している。悪い男に抱かれた。魔が差した。そう自失した様子で口走る。もとからその気もなく、恋人との関係もうまくいっていたのに、何故身体を許したのかわからない。後味の悪さだけがただ残って、それがどんどん身体中に染み渡っていき、終いには何も感じなくなった。恋人との仲も駄目になってしまった。身体を撫で回す手を自由にさせながら女はそう云った。それなのに今何故こうしているのか。あの頃の心の裡とうらはらの尽きせぬ情欲を取り戻そうというのか。それとも自罰的な自棄なのか。
 されるがままに脚を開く女の股間に顔を埋めようとしたところで、こちらを見下ろすように見た女と目があった。
「あの男こそ悪魔よ、少なくともわたしにとっては」
 あるいはそうなのかもしれない。悪魔なんてものは誰に対しても悪魔らしく振る舞うのでなく、特定のある個人に対してのみ悪魔としての相貌を見せる。誰だって気づかぬうちに誰かの悪魔になっているのかもしれない。口に含んだ女の秘肉を、硬くした舌先で舐りながらそう思う。女は、感じない。何も感じない、と呪詛のように繰り返していたが、やがて濃く白濁させた粘液をトロリと溢れさせた。精液よりもなお濃いその粘液に女の云う魔を見た気がして、かんじない。なにもかんじない、という女の言葉がますます呪詛めいてくる。まるきりの自棄のようで、唇だけは避けていたと、見えていないはずの唇の動きが脳裡にこびりつき、その唇を封じてしまいたくて、片脚を持ち上げると、そこに首を突っ込むような妙な恰好で、女の陰唇にそっと唇を重ねた。
 それでもかんじない、と女の唇は確かにそう震えて、重ねた唇から深く身体の裡に染みわたっていった。



Copyright © 2006 曠野反次郎 / 編集: 短編