第49期 #27

教授とハローグッバイ

朝起きると君がいなくなっていた。
夜に汗をかいて下着がぬれていた。教授は一人でシャワーを浴びながら考えた。昨日まで確かにいたのに、どうしてだろうか。時計はとっくに11時をまわっていたがゆっくり朝食を食べる。時間には余裕がある。11:45の天気予報を見ながらシャツを着て、鏡の前でスーツを着、「よし。」といったのが教授の今日始めての発言だった。家を出る時にまた「行って来ます。」と独り言を言った。彼は青いサーブにのって大学にいく。着くまでずっと大きな音で90年代のテクノをかけ続ける。時々タバコを吸いながら。彼はパイプを愛用している。車を変えたばかりの頃、外車はひときわ目立つ気がして車から降りて構内を歩き出すと自分という人間存在が薄れていく様な気がしたことがある。今はもう慣れた。教授は気付いていないがそれは音楽のせいだったかもしれない。
「しないといけないところは全部終わりましたから。何をしましょうか。」
教授は美しい経済の話をする。美しい美しいと口癖のように言いながら。
何年か前の教え子が訪ねてきて話をする。京都には仕事で寄ったらしいが最近転職するかどうかとかで悩んでいるらしい。
「奥さんが亡くなられてから、何年でしたっけ。」妻が死んでからとっくに5年たっていた。「だいぶ前だよ。」「あ、雨が。」雨が楓並木を濡らしていく。アスファルトの道に染みができて、やがて道全体を覆うだろう。
「最近なんか見えちゃうんですよね。」教授は、妻の幽霊が?と聞き返しかけてやめる。「夢中になってるうちはいいんですけど、なんかふと我にかえるというか、客観的に見ちゃってるというか。あーあって。」ひときわ優秀だった彼の学生時代を思い出す。
「考えすぎでしょう。」
車が盗まれたので、教授は雨の中電車で誰もいない家へ帰る。


Copyright © 2006 藤舟 / 編集: 短編