第47期 #24
急な便意を催し、地下の公衆トイレに慌てて駆け込んだというのに、扉の前で便意も忘れ凍りついてしまったのは、長細い白磁の便器のなかに、巨大なうんこが鎮座していたからなのだけれど、その巨大さに圧倒されたのではなく、つい二日前に「短編」という小説投稿サイトに、或る意地の悪い気持ちを込めて書いた、巨大なうんこと遭遇する『うんこの話』が発表になったばかりだったからだ。
『うんこの話』はほとんど実話なのだが、小説と違って、あの巨大なうんこの主ははっきりしていて、無論僕ではないわけなのだけれど、それが一体誰かということはともかく、今、目の前にある巨大なうんここそは正真正銘の正体不明の巨大うんこで、細長い便器の形にあわせるようにでろんと無駄に長く、巨大なタクワンのようでありながら、うんこ以外の何物でもないその存在感は、まるで底意地悪く『うんこの話』を書いた僕を責めるようで、なにか手酷いしっぺ返しを受けた気がした。
便意はすっかり引っ込んだというのに、得体の知れぬ腹痛のようなものがして、腹を押さえながら地上に戻り、梅田の人混みをすり抜け、待ち合わせ場所である茶屋町の喫茶店に着くと、空になったティーカップを前に恋人が手持ちぶさたに待っていて、なじるように「えらいのんびりやったねぇ」と言ってから、こちらの顔色に気づかず、「な、お腹空いてへん? ここ軽食も美味しいんやで」と言った。
無言で首を振ると、彼女は「あっそ」と可愛らしく口を尖らせてから、メニューを広げた。しばらく彷徨った彼女の目が「お昼の特製チキンカレー」のところで止まったのが、何故だかひどく不吉に思えた。
嫌な予感に苛まれる僕を余所に彼女は
「この人はホットコーヒーで、私は■■■■■■」
と、言ってはいけない言葉を発してしまった。
途端に彼女はべちゃりと、よく見慣れた下痢便気味の僕のうんことなって崩れ、続いてウェイトレスも崩れ、店全体もふるふると震えだし、慌てて外に出たところでべちゃりと崩れ、見上げる茶屋町のビルも阪急の高架もぶるりと揺れ、一斉にべしゃりとなった。
うんこまみれどころか総下痢便うんこ化していく梅田の街のなか、HEP FIVEの赤い観覧車だけが、水車のごとくうんこをかき回していて、あの観覧車に、初めてのデートのとき、彼女と乗ったのだと、そんなことを思い出しながら、溢れくるうんこに飲まれ、僕は何処かへと流されていった。