第42期 #26
君と食事をしていると、君はいつもぽろぽろと、絶え間なく何かをこぼしては服や床を汚していたから、だから僕は三年もの月日をかけて、ついに『何があっても絶対にこぼさないスプーン』を発明した。
それはたとえ食事中にどんなに何かをこぼしたとしても、そのスプーンにくみこまれた装置がただちに作動しすみやかに落下物をすいとってくれ、決してあたりを汚さないという、まさに画期的な発明だった。これを君にプレゼントしよう。そしてプロポーズするんだ。
金色のなめらかなスプーン握りしめ、君の喜ぶ顔をいっぱいに思い浮かべながら昔二人が通ったカフェへ走ると、君は赤いレンガ枠の窓ぎわのいつもの席に腰かけて、見たことのない男といっしょにパフェを食べていた。
三年ぶりに見る君の手におさまっている、何の変哲もない普通のスプーンは、君がころころと笑い転げるたびに、あぶなっかしくぐらぐら揺れて、やっぱりいろんなものをぽろぽろとこぼしていたけれど、そのつどいっしょにいる男がしょうがないなあという顔をしながら、ハンケチでブラウスの衿やスカートのフリルなんかをまめまめしくふいてやっていた。
照れたような拗ねたような表情で、それでもおとなしく子供のように口をぬぐわれている君は、なんだかとっても幸せそうで、その笑顔はあいかわらずかわいくて、僕はスプーンを手にしたまま二人に気づかれないようにそっとその場をあとにした。
帰り道にどうしようもなく泣けてきて、涙がぽろぽろとこぼれたけれど、その水滴はあとからあとから僕のスプーンへとすいこまれ、けっして地面には跡ひとつ、残らないのだった。