第42期 #27
昭和63年の初夏、当時大好きだった郷ひろみが結婚したとの報を聞き、私はショックのあまりタイムスリップしたのであった。サイケ斑のトンネルをチョーのつく速度で抜けると、そこは夕暮れの……
「ケケッ、何あんたヒロミゴのファンなワケ!?」
蒲子のバカ笑いが、ファストフード2階にいる油臭い人々の視線を呼ぶ。ともかく蒲子よ、食いつくポイントが違うだろうよ。それともTsは妄想であると即滅却抹消したというのかい。私はタイムスリップを思わずTsなどと略してしまうほど慣れ親しんでいるというのにさ。いや、ヤったのその1回だけどもさ。
「侘美、最近何してんの?」
「花嫁修業」
「それってぇ、つまんねぇエロマンガ描いて投稿して落とされて丸々デブってまた描いて、を繰り返すことですかぁ?」
メロンサワーをストローでブクブクやりながら、蒲子は身悶える。肉厚で真っ赤なその唇から漏れた「エロ」という言葉に、男子中学生4人がすかさず反応する。
「エロマンガは漫画家の登竜門だぜっ」
真夏の太陽を浴びながら、公園の芝生に座る私を見下ろしてそう言ったのは痩彦だった。5年前、「ボリビアが呼んでる」と呟いて私を捨てた、ヴェルディ平野似の男であった。当時はグランパスだったが。私は痩彦の残したその教えを何故か忠実に守り、せっせとエロマンガを描いている。
2年前に突如一流企業のOL職を辞し、「米国でダンスの勉強する」などとほざいた蒲子だったが、その直後噛岡というヒモにその資金ン百万を持ち逃げされた。蒲子曰く「Hの時、嵐の断崖絶壁でお経を絶叫するボゥズの顔をする」男だそうな。生クることコレ苦行なリ、か。
私は夕暮れに染まる故郷の町にスリップしたのだった。小学生の頃よく遊んだ公園には、幼い蒲子の姿があった。近づいて頭を撫でてやると、上目遣いで「ケ」と苦笑しやがったので、思い切りグーで殴ってやった。
「エロエロエッ」と笑う際にちらつく前歯二本は、そん時私がへし折ってやった物だ。町一番の吝嗇家として名を馳せていた蒲子の両親は、技術は二の次安さで勝負の剥腹歯科に駆け込み、バナナ色の差し歯を装填したのだった。
「その歯、どうしたんだっけ?」
蒲子はフライドポテトを弄びながら、「二段ベッドから落ちた」と言った。そしてさして愉快でもない風に鼻歌を歌った。
それは私が、泣き止まない蒲子をあやすために歌った、郷の「どこまでアバンチュール」であった。