第42期 #24

裸夜

 裸で眠れば健康にいいらしいのよ、と女はパジャマも下着も脱いで言った。ほら、あなたも。俺もか。おれもよ。そうか。そう。男はやや首をひねりながらも、素直に従った。男はステレオのリモコンを手にとって、クリスマスも終ったというのにビング・グロスビーの「ホワイトクリスマス」のディスクをかけた。それから電灯のスイッチとなっている紐を引っ張って灯りを落とした。
 目が覚めたのは男が先で、それは女が布団を両脚に挟んで横を向く癖があるせいで、男の右半身が見事に外気に触れたからで、思わず深い眠りも覚めたのだった。男は布団をひっぱって正し、自分の身体を左むけにして、外気で冷えた自分の右半身を女に押しつけると、女が男の方を向いて念仏のような寝言を言った。
 一度熟睡してしまったので、男は当分眠れそうになく、それで半ば好奇心もあって女の身体を触ることにした。欲情しているときの愛撫とは違って、男の手は広く浅く動いて、鎖骨、心臓、肝臓、小腸と辿りながら男はいつかの生物の教科書を思いだしていて、あの頃は図面でしか知らないことがたくさんあった、と思った。冷えていた箇所が次第にぬくぬくとしてくるのがわかる。湯たんぽのように温かい女の身体から離れ、また元のように真っ直ぐな格好に戻ったが、今度は腹がへってきた。
 せっかく温まった体をもう一度外気にさらすのが嫌ではあったが起き上がり、また裸になるわけだから、下着をつけずにパジャマだけ着て、台所に行った。手馴れた動きで電子レンジにジャガイモをいれ、タマネギをみじん切りにして、ミルクパンに湯を沸かし、コンソメのブイヨンを溶かし、茹で上がったジャガイモを潰してバターとタマネギを加えて煮た。
 出来上がったスープを飲むと、いつもと同じ味がして、男の体は再びぽかぽかとしてきた。そうすると一杯飲みたくなって、飲み残しの赤ワインを注いで、テーブルの上に置いてある福原信三の写真集を手に取って、ぼんやり眺めながら飲んでいた。いつまでもこの時間が続くような気がした。
 男はそれから後は覚えておらず、おそらくはテーブルでうとうと寝入って、無意識にベッドに入ったにちがいない。気づくと明るくて女が軽くではあるが男の首を締めていた。どうしてパジャマ着てるのよ裏切りよ、と男に言った。ああ、しまった。男はそう呟いて笑った。なんだか体が軽いの、やっぱり健康にいいのね、と女はベッドの上で飛び跳ねた。



Copyright © 2006 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編