第42期 #21
「ここまできたらもうあれだな、どこまでアクセルを踏み続けられるかという、あれだ」
「そう、崖っぷちまで突き進むという、あれだ」
度胸だめしだな、と誰かが呟いた。そうだ度胸だ、と誰かが応えた。誰もが疲れていた。採決前夜であった。
「ローソクを30本」
ホテルには、いつでも大抵のものは揃えてある。ましてや国会近くのホテルだ。国会近くのホテルに、代議士が詰めている。最上階で、情勢分析を続けている。幹事長が反対派の公認取り消しを示唆し、中間派のケータイはつながらない。
「突き当たりの部屋のテーブルに、ローソクを30本。電灯はすべて消して」
20年前その部屋で、小派閥の領袖が首をくくった。遺書には女性関係のトラブルが記されていた。だが実際は、汚職にからむしくじりで、右翼に追及されていた。遺書をしたためる男のこめかみには、冷たいものがあてがわれていた。
30人の代議士がひとりずつ、その部屋からローソクを持ちかえってくる。反対派の結束は堅い、とされていたが、本当は誰もが疑心暗鬼だった。風もないのに炎は揺れ、あるはずのない影を映し出した。
30人目の代議士が、青い顔をして戻ってきた。
「ない、ローソクがない。ドアを開けたら真っ暗だった」
肝だめしであった。ちょっとちがうんじゃないかと思いつつ、その「ちょっと」にこだわる自分がいとおしい。
「たきたてのご飯とケチャップを」
フロントはすぐに調えた。30人の代議士は、ご飯にケチャップをかけ、スプーンで口に運んだ。ご飯の温もりとケチャップの酸味が、おセンチな気分を慰めてくれるのだった。
「ちょっとちがうんじゃないか」
幹事長から電話が入った。
「それはケチャップライスであって、チキンライスではない」
反対派の動きは完璧に、執行部に把捉されていた。
環境相は狡賢な笑みを浮かべて脚を組み直した。幹事長は電話を置きながら、そのうすぐらい谷間を凝視した。
「あんた、本当に総理とあれなのか」
「そんなことどうだっていいじゃない」
幹事長はソファーの前に跪き、スカートの中に顔をうずめた。環境相は下着をつけていなかった。
「クールビズ、か」
しかし、汗ばんでいた。いろんな体液がまじりあったような匂いが満ちていた。そこから先へ進むのは、どうですか、肝だめしですか。
「おそれず、ひるまず、とらわれず」
耳の底で、甲高い声が絶叫していた。幹事長は、もはや後もどりを許されなかった。