第42期 #20

白い紐

 ドアを開けると、白い紐があった。
 周りを見ると誰もいない。白い紐に顔を向けた。ひどく気になる。もう一度周りを見る。やはり誰もいない。そっと白い紐に近付く。足音を忍ばせながら、ゆるりと。当たり前のことだが、近付くたびに白い紐は大きくなる。なぜかそれが恐ろしい。
「はは。紐のくせに、大きくなってやがる」
 顔が引きつった。その場にしゃがみ、恐る恐る、白い紐を手に取る。そして感触を確かめる。ざらついていて、紐にしては大きく、ちょっと硬い。その不思議さに首を傾げた。白い紐から手を放し、立ち上がる。腕を組み、奇妙な白い紐のことを考えようとした。どうしても冷静になれず、その時間、白い紐を引っ張ってみたいという衝動を押さえ付けているだけだった。結局好奇心に勝てずにしゃがんだ。白い紐をもつ。さらに、慎重に、白い紐を引く。
 カラン、コロン。
 小さな音が室内に響いた。その音に驚く。白い紐を引くのを止め、静かに立った。部屋の外に出て誰かいないか確かめる。しかし誰もいない。少しの間、外の様子を警戒していた。が、何の気配も感じない。釈然としないまま、白い紐と向き合う。部屋の中で白い紐の存在が大きくなっていた。向き合ったのはわずかな時間だ。すぐに背後の気配を探り、誰もいないことをまた確かめる。誰もいないことに恐怖する。それでも白い紐と対峙した。先程引いただけ、白い紐は伸びていた。
「紐のくせに」
 泣きそうになりながら白い紐を触る。一度の深呼吸。そして、引いた。
 カラン、コロン。
 室内がその音で満たされる。どうやら白い紐を引くとき、音が出るようだ。恐怖は歓喜へと移り変わった。
「紐は紐だ。たかが紐なんだ」
 引く力を強める。その力に応じて白い紐は伸びる速度を早めた。音もリズムを早めた。リズムに部屋が、支配される。楽しくてしかたがない。頬を緩めた。しばらくすると、部屋は白い紐でいっぱいになった。かまわず白い紐を引き続ける。突然、紐が切れた。充実感が体を襲う。その快感に身をまかせる。立ち上がろうとしたが、ふらついた。白い紐に足を取られ、足が宙に浮いた。頭を強く打ち、そのまま意識は無くなった。

 ドアは開かれ、フラッシュが焚かれている。
「死因は?」
「打ち所が悪かったらしく…。どうやら泥酔状態だったようです」
 説明を受けた大柄な男は部屋に入るなり、ため息を吐いた。
「トイレットペーパーだらけじゃねえか」



Copyright © 2006 加藤秀一 / 編集: 短編