第42期 #22
「結婚しよう」
「やだ」
これが俺と彼女のおはようの挨拶であり、おやすみの挨拶だ。
俺と彼女の出会いは俺が三つのガキの頃まで遡る。彼女を初めて見た時、俺の背中に電撃が、横文字で言ったらエレクトリックサンダーが駆け抜けるのを感じた。
その瞬間、俺は彼女を生涯の伴侶にすることを決めたのだ。だから俺はまだ口を利いたこともない彼女の元に走り寄ってこう言った。
「結婚しよう」
「やだ」
即答だった。だがそんなたった一度の拒絶で諦めるようなオスがどうして自分の望むメスを獲得することなど出来ようか。いや出来ない。
だから俺はその後も諦めずにしつこく彼女に求婚を繰り返し、そしてその度に速攻でフラれ続けた。ある日余りにも彼女が頑ななので、どうして自分を拒むのかと質問してみたところ彼女の言い分は要約すればこうだった。
彼女曰く、
「あなたが私を真に愛しているという証拠が欲しい」
俺は困った。愛というのは無形のものだ。証拠を見せろと言われても、おいそれと示すことなど出来ようはずもない。俺はどうすればいいか悩んだ。悩みに悩んで悩みぬいた。
そして懊悩の果てに俺は一つの天啓を得てそれを彼女に伝えた。それは彼女に百万回もの回数のプロポーズをするというものだった。実現不可能性を考慮しないガキの浅知恵だったが驚くなかれ。その提案は三十年経った今をもってして継続中である。
そして明日、いよいよ俺は彼女に百万回目のプロポーズをする。彼女は俺の求婚に頷いてくれるのだろうか。それとも首を横に振るのだろうか。不安で堪らない。
俺は生まれて初めて神に祈った。なあ神様。どうか俺の百万回目の求婚を成功させてくれよ。これでダメだったら俺は二度と彼女に近づかない。それをあんたとあんたのお袋と俺自身の魂に誓うから。だからどうか。どうか。
翌日。俺は悲壮な決意を胸に、だがいつもと変わらない様子で彼女の前に立った。
「結婚しよう」
「いいよ」
そして結婚してからしばらく経ったある日に妻が言った。
「あなたが百万飛んで一回目のプロポーズをしてくれた時は本当に嬉しかった。だって百万回もフラれ続けて、その約束の百万回目すら裏切られたのに、それでも変わらずあなたは私を求めてくれた。求め続けてくれた。これってあなたが私を本当に愛してくれている証拠に違いないもの」
彼女はそう言って俺に寄り添い、そっと倖せそうな笑みを浮かべていた。
俺は離婚を決めた。