第41期 #14
結局の所 彼はツマビラカな自分を発見できなかったので失意のあまり自分の殻に閉じこもってしまったのです。今では彼は日がな一日飽くことなく 部屋の隅の三面鏡を覗きながら、鏡の中の何十人もにその日の妄想を語ってきかせます。時に熱狂して立ち上がり拳を振り上げ 時に肩を落としうつむきながら涙を流し、けれども一秒たりとも口を休めることがありません。
何時間も何時間もしゃべり続ける内、彼はようやく思い出したように 一人の少女の話を始めます。一言一句違わず、テープレコーダーを再生するように、いつも決まって同じ描写で同じ少女を語ります。
嗚呼 あの少女の可憐さに比べれば花や太陽など値打ちのない石ころも同じだ。木漏れ日が柔らかなスポットライトとなってそよ風になびく少女の髪を照らす、その胸のときめくような輝きといったら! 小さな足で池のそばを駆ける、あのウサギが跳ね踊るような可愛らしいさまといったら! もぎたての水蜜桃のような瑞々しいうなじといったら! 千や万の言葉を並べても、彼女の美の恐ろしいきらめきを明らかにすることは出来ない。
意気地のない僕は池の木陰から少女をジッと眺めていた。毎日毎日、ヒッソリと彼女を見つめていた。僕は是非とも彼女と話をしたかったのだけれども、彼女は僕の話なぞ聞きやしないのだ。聞くことなど出来やしないのだ。
嗚呼 アナタは今 ワタシの話をしていらっしゃるのね。アナタのお話は楽しいのかしら。悲しいのかしら。けれどもワタシはアナタの話を聞くことが出来ませんの。一度でいいからお聞きしたい。両の耳でしっかりと、一度でいいからお聞きしたい。アナタのお話はさぞ楽しいのでしょうね。
ああ なんてこと。君が僕の話を聞けないというのなら、僕に僕の話をするというのはドウだろうか。ネエ、アナタは僕の中にいるのでしょう。アナタの生肉はとっくにワタシが飲み込んでしまっているのだもの だから ネエ アナタは僕の中にいるのだ ソレならばこの鏡の中に コレ以上ないほどツマビラカに細分されたワタシの姿をみつけられる ハズ デス。
ヤア それで 彼は完全に発狂してしまったのですね。そう、発狂してしまったのです。アラアラ何て可哀想なお人なのでしょう ワタシ涙が止まらない。けれども僕も似たようなものです。鏡の中をどれほど捜せど ツマビラカな自分が見つからナイ。