第41期 #10

暖かい部屋

 身を切る寒さは、自分が生きているということを思い出させてくれるから好き、と彼女が言ったのは、街がクリスマス色に染まった、去年の十二月のある日のことだった。あの時僕は、何言ってるんだよ、寒くなくったってちゃんと生きているって感じられるだろ、と言って笑い飛ばしたけれど、今なら彼女の気持ちが良くわかる。

 僕は、暖かい部屋に座っている。
 部屋の中の暖かさは、生きている自覚を僕から奪っていく。優しいようでいて本当は意地悪なその温もりは、僕の存在を周りの空気の中に溶かしていって、個と全との境界を曖昧にしていく。
 ゆらゆらと頼りなく揺らいでいく僕の存在が、部屋の中でただなんとなく流れているテレビの画面を、やはりなんとなく眺める。画面の中で映し出されているのは、悲惨な交通事故のニュース。またどこかで誰かが無残に死んでいったということを、淡々と伝えている。テレビの中で亡くなった少年の親が、声を上げて泣いている。少年の、まだ幼い顔を写した写真がテレビに大写しになった。
 僕はそれを見て思う。この広い世界の中で、彼は死んでいて、僕は生きている。彼にも、人生があったはずだ。普通の日常や普通の生活があって、明日は何をしようとか、どんな服を着ようとか、今日は楽しみにしていたテレビ番組の日だ、とか、そういうのがあったはずだ。それが、もう永遠に失われてしまった。こうして僕が部屋の中で、ただ悶々と、時間を浪費しているというのに、少年にはもはやたったの一秒だって、時間は残されていない。彼は死んでいて、僕は生きている。これは厳然と存在する事実で、変わりようがない。
 もっと生きていてほしかったと、テレビ画面の中で少年の親が呟く。痛ましい事故でした、とニュースキャスターが締めくくる。ありふれた事故。一週間後には、もう誰もこの事故のことを口にしないだろう。彼の人生に触れた人たち以外は。

 相変わらず僕は、暖かい部屋に座っている。
 意地悪な暖かさは、僕の存在を揺らがせる。時間は、止まることなく流れていく。
 それでも僕は生きている。
 それでも僕は、生きているんだ。



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