第41期 #11

なまはげ

 父さんを死なせたのは僕だ。

 ナマハゲは嫌いだった。正月過ぎた頃家に来て暴れ、その上僕のお年玉を取り上げるのだ。それなのに母さんは酒やご馳走を奴に振る舞うのだ。なんて厚かましい奴だろうと思った。
 岡山から来たスグルはそんなものくだらないと言った。所詮よそ者にはわかりっこないのだ。でもスグルもくだらないことを言った。だけど僕はスグルの言う通り、おやつの蕨餅を食べずに庭の隅に置いて、祈ったのだ。

 翌朝、ナマハゲの死体が見つかった。刃物で腹を切られていた。足には何か獣に噛まれた痕があって、面は散々に掻きむしられて塗料が禿げており、現場は鳥の羽で散らかっていた。もっと細かく聞いたが、まだ7歳だったし覚えていない。
 町の人は口々に父さんは素晴らしいナマハゲだったと言った。郷土の伝統を守るため、子供の健全な成長のため、かなり熱心にナマハゲをやってたそうだ。殺された日も門踏みの練習をしていたらしい。それに僕のお年玉は僕名義の口座に貯金してあった。中学生になったら渡すつもりだったという。僕は父さんみたいなナマハゲになろうと思った。それが僕の唯一の罪滅ぼしに思えた。

 少し早く来すぎた。他の人を待たねば。やはり自分の家だと気合いが入ってしまう。僕も家庭を持ち、上の子は7歳になる。
 と、左足に鋭い痛みを感じ、僕は転倒した。面のせいで見づらいが、犬が噛みついている。追い払おうともがくが、衣装のせいで動きづらい。ふと視界に、見慣れぬ和装の男が近づいて来るのが見えた。派手な羽織を着て、長い髪を後ろで束ね、鉢巻をしている。若く精悍な顔立ちで、コンビニで売っているようなパックのみたらし団子を頬張っていた。町内会で呼んだ役者だろうか。
 「ちっと、助けてけろ!」
 僕は叫んだが、男は黙って僕を見下ろしている。突然、視界を何かが塞ぎ、面の中にガリガリと音が響いた。キャッっと短い叫びを上げてそれは男の肩に乗った。猿だ。
 僕は、悟った。
 「この家ん子に団子もろーたよ。ほんまは吉備団子がええけど、子供が困っとるんは見過ごせん。」
 男はゆっくり僕に近づきながら刀を抜いた。僕は死にもの狂いで犬を蹴飛ばし、立ち上がろうとした。だが上空から鳥が、雉が僕の顔に体当たりして、僕はまた倒れた。
 「わりー鬼め、覚悟!」
 刀を振り上げた男は、無垢な瞳に正義の炎をともしていた。息子にも、いつまでもこんな瞳をしていてほしいと思った。



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