第38期 #13

歌う惑星

 地球に似たこの惑星には、石器時代程度の文化を持ち家族や社会の概念を持つ知的生物が棲んでいた。彼らは全身が鱗に覆われ、背中に退化した小さな甲羅を背負っていた。ゴトー博士は、助手のロボットと共に、密林の奥地に棲む特に希少な種族を研究していたが、不慮の事故で死んでしまった。私は政府の技官で、博士の研究所を閉鎖するため派遣された。研究所に残っていた助手のロボットはブルネットに藍色の瞳をした美しいヒューマノイドで、マリナと名乗った。
「マリナ、この研究所を閉鎖し、君の電源を切って長期保管用のケースに収納する」
「了解しました」
 ロボットに対してそれ以上の説明は無用のはずだったが、私はなぜかもう少し話したい気持ちがした。
「いずれ誰かがこの研究所を引き継いて、また君に仕事を与えるだろう。君は、待つことは苦痛じゃないだろう?」
「はい。苦痛ではありません」
 博士の研究資料を整理しているうちに日が暮れて、森のほうから賛美歌のような美しい歌声が聞こえてきた。希少種たちは歌う。彼らの言葉は歌なのだ。私はマリナを連れてハッチの外に出た。星空の下美しい音楽が続いた。
「なんて言ってるんだろう」
「友だち、また会いましょう。また会いましょう」
「言葉がわかるのかい?」
「ゴトー博士は私に言語解析ソフトをインストールされました」
「君は、ゴトー博士をどう思ってた?」
「ゴトー博士は優しい人でした」
 ロボットに感情があるように見えることがある。亀に似た奇妙な生物の言語や文化に夢中になる奇特な科学者もいる。まるで人間以外にも精神性があるかのように。現代では、そのような素朴なアニミズムは完全に否定されている。ロボットが時として人間らしい言葉を覚えるのは、そのほうが仕事の効率が良いからに過ぎない。私はそう自分に言い聞かせた。
「マリナ、そろそろ君を収納するよ」
「はい」
 私たちは研究房の中に戻った。棺桶のようなケースにマリナを横たえた。
「おやすみ、マリナ」
「おやすみなさい」
 マリナは目を閉じた。私は彼女の電源を切り、ケースの蓋を閉めた。マリナはこのまま廃棄されるだろう。人類の大規模な植民によって、希少種だけでなくこの星の多くの生物がまもなく絶滅するだろう。ゴトー博士はそのことに強く反対していた。彼は異端者であり、国家の敵だった。
 ふと気付くと、希少種の歌がやんでいた。再び外に出ると、辺りにはただ黒々とした闇が広がっていた。



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