第36期 #7

禁句

夜の路地裏の泥と排水の混じった路面に尻を付き、俺は壁にもたれ掛かり、銃を突きつけられている。
頭の悪い俺でも、現代の日本で銃を手に入れるのは、たやすくないって事ぐらいはわかる。
それだけ、銃を突きつけてる男も本気って事だ。
時折、車のライトが俺と対面の男を照らして去っていく。
こちらからは顔は見えないが、大体見当は付く。
商売柄こうなる事は、わかっていたつもりだった。
その見返りにいい思いもしてきた。
そこらの同年代では、手に出来ない金も見てきた。
でも、いきなり銃を向けられる状況は、考えた事もなかった。
なぜだろう、焦りとは裏腹に思考がさえてくる。
いつもは、こう曇った靄が立ち込めているような感じだった。
手足が震えている。
今まで生きてきた中で、幾度も怖い目にはあってきた。
その中で、最高の恐怖といえるだろう。
怖い兄さん達には、殺す気はないのは解った。
その場に応じてこびへつらってれば、なんとかその場はしのげる。
その分、痛い思いはするが・・・
しかし今の相手は、どう見ても素人。
ほら見ろよ。相手も手が震えてるじゃないか。
こういう手合いは、どう対応するべきか困る。
強気で出るか、こびへつらうか、強行するか・・・
「煙草を吸っていいか・・・」
男が無言で銃を突きつけたままでいる事を、俺は肯定と受け止め胸ポケットから煙草を取り出した。
手が震えている。
俺は震える手で何とか煙草をくわえ、火をつける。
つかねぇ。
こんな時に限ってオイル切れかよ。
「あんた・・・火、貸してくれないか」
その言葉が引き金となって、男が銃を撃った。
おいおい、その火じゃねぇよ・・・
思考がさえてても、頭の悪さはかわらねぇようだ・・・



Copyright © 2005 刻黯 / 編集: 短編