第36期 #6
迂闊だった。
いままで憐憫たる存在としか思っていなかった山本に、悲運の運命を辿る事が可決されたこの屑に、俺は今刃先を向けられたいるのだ。
この、低俗なアイロニーを放つ糞尿野郎をただ殺すだけならいつだってできる。だが、それで生じる自分への負荷があまりにも理不尽すぎるから手を下さずにいるだけなのだ。
確かに、俺自身が情報不足だった。拭い去れぬ事実だ。俺が生まれ育った田舎には、ナポリタンとミートソースしか無かった。ペペロンチーノを知った高校2年の夏とて、所詮はケチャップの無いナポリタンでしかないと高を括っていたのだ。
所詮は、スパゲッティー。その程度でしかないと。
目の前に持ち運ばれたシチューをぶっかけたスパゲッティーを目にして店員に詰問する俺に、山本は冷笑を浮かべつつこう言い放った。
『あれぇ?それ、なんて言うパスタか知らないのですかぁ?』
中学の恩師が『お前はすぐに顔に出る』と、短気な点を幾度も窘めてくれた。本当に信頼していた人間だから俺はその忠告を今でもきちんと守っている。そのお陰で自分へ有益に事が運んだりもした。しかし、この時は顔も全快に怒りを現していただろう。元々あった山本への殺意の湧出を抑えきれない。おそらくこいつは、俺の真向かいにいるなつきちゃんがいる事を計算に入れた上で、俺を辱めようと目論んでいるんだ。
どこまで腐った野郎なんだ!しかも、パスタってなんだ!畜生!
こいつもなつきちゃんを狙っているのは察していた。
同じ学部のなつきちゃんはどの女達よりも清純だった。『純』という結晶であり、処女を確約しても差し支えは無い。香川県出身というのも、それを裏付けている。
初めてなつきちゃんと出会った時、運命を感じた。小柄で長い黒髪。薄い唇に健康的な肌。ポケモンとジブリが好き。香川県出身のなつきちゃんと、山形県出身の俺。距離的折衷案のこの大学で出会ったというこの奇跡は運命以外の何物でもない。
それを、この温室育ちの都会人ぶった変態野郎が邪魔しやがる。俺たちの幸せを貴様の性欲の為にかき消されてたまるか!
俺が声を荒げる、野蛮な人間となつきが俺を嫌う。そういう算段だったのだろう。
危うく術中に嵌りかけた俺は、今年入学と同時に手に入れた最新型携帯電話で『パスタ』について検索をした。
残念だったな、山本。今の俺は情報戦にも長けているのだよ。