第36期 #8
天気のいい日だったから、僕らは外のテーブルに移って、もう少しだけ話をすることにした。彼女は腰を下ろすなり、過去の恋愛話をするよう僕にせがんできた。
「前にしたことなかったっけ?」
そう苦笑いで拒みつつ、僕はしぶしぶといった感じで、大学時代にバイトをしていたレンタルビデオ屋で生まれた恋について、彼女に話すことにした。
「初めてなんですけど……」
そういってビデオをカウンターに差し出してきたその女性に、早い話、僕は一目惚れをしてしまったのだ。
「レ、レンタル期間は……」
しどろもどろのシステム説明を終えて、最後にそう口にした僕は、もうほとんど倒れそうなくらいだった。彼女はそんじょそこらにはいないくらいの上玉、失礼、かなりグレードの高い美人だった。
――私と彼女、どっちのほうがいい?
――さあ、どっこいどっこいってとこかな、ちなみに歳は君と同じだよ。
僕が言うと、彼女はやきもちを焼いたのか、テーブルに肘をついたまま、ぷうとふくれっ面をしてみせた。僕は思わずためいきが出てしまったが、彼女のそんな様子にはもう慣れっこになっていた。
彼女は毎日店にやってきた。そしてしばらく店内をアチコチと歩き回って、その夜に見るビデオを一本抱えて、僕の待つカウンターにやってくるのだった。
「レンタル期間は?」
「明日で……」
「い、いつも、一泊なんですね」
「ええ、明日じゃないと、返すの忘れちゃうんです」
意を決して店員と客の関係を踏み越えた僕に、彼女は笑ってそう答えてくれた。面白い子だなあと僕は思った。でも、彼女の言うことはあながち、いや、決して冗談なんかじゃなかったのだ。やがて気軽に会話を交わす、フレンドリーな間柄になった僕らだったが、彼女は自分が少し前に借りたビデオの話になっても、まるで覚えていないという感じで、不思議そうにただ首を傾げるのだった。最初のうちは、「天然系」と言われる子によくある傾向なんだろうと、僕はあまり気にはしないでいた。でもある晩、彼女といっしょにやってきた母親が、あまりに親しげな僕にそっと言った。「娘は事故に遭って以来、記憶は一日しか持たないんですよ……」
――で、どうしたの、その後、彼女とは?
真剣な眼差しで聞き入っていた彼女が言うので、僕はどうしようかと思ったが、せめてその質問には、真摯に答えることにした。
「今も毎日会ってるよ、こうして…… この話、確かおとといもしたっけね」