第35期 #19
「大変だ!」
「どうした、騒々しい」
「布団がさ、布団が」
「布団が?」
「布団が吹っ飛んだ」
「なんだと!」
マジか?!
こうして俺達は、誰にも告げず旅に出た。
今にも雨が降り出しそうな、鈍い光の朝だった。
俺達はまず北に行った。ブリザードの吹き荒ぶシベリアの大地で、一つの悲劇を見た。次に東へ行った。母の無い子が、美しい母になったのを見た。南へ行った。特に何も無かった。西へ行った。少しギャンブルをして、幾らかスった。
幾時代が過ぎ、冬には戦争があった。
砂漠の街で知り合ったラクダ乗り達はみな呑気で良い奴ばかりでだったが、そいつらは全員戦争へ行った。みんな死んでしまった、とジョニーから手紙が届いた。
俺達は歌った。
「ゆあーん」
「ゆよーん」
「ゆあ」
「ゆよーん」
幾らか儲かった。
バスはガタゴトと走り続ける。
布団は何処にも見つからない。
「見つからないね」
宿のベッドで、相棒が言う。
「見つからないな」
星を見ながら、俺は答える。
車窓はいつしか懐かしい景色に変わっていた。
故郷まではもう幾らも無い。
結局俺達は、布団を見つけることが出来なかった。世界の何処にも、布団は無かったのだ。
俺達の旅は終わろうとしている。
「見つからなかったな」
「そうだね。だけどさ」
「うん」
「俺はお前と旅が出来て、とても良かったよ。本当に良かったよ」
「そうだな。俺もそう思う」
「そうか」
「本当に良かったと思う」
夕日が、とても眩しい。
何年か振りに帰った家は、何処も変わっていなかった。何故かその事が、少し俺を泣かせた。
水を飲もうと、俺は裏庭にある井戸に向かった。
そしてそこで、俺はそれを見た。
布団は、裏庭にあったのだった。
(布団は最初から裏庭に有ったのだ!)
俺は笑った。笑いが止まらなかった。
「なんだ。布団はこんな所にあったのか」
相棒もそう言って笑った。
「布団はこんな所にあったんだ。吹っ飛ばされた癖にこんな所にね。こんな所に。こんな所に」
「こんな所に」
俺達はいつまでも、西日に照らされた裏庭で笑いあった。
布団は、静かに風に揺れていた。
「大変だ!」
「なんだよ、騒々しい」
「熊がさ、熊が」
「熊が?」
「熊がクマった」
「なんだと!」
マジか?!
こうして俺達はまた旅に出た。
だがもう迷いはしない。
俺達は前より強くなっている。
「どうした」
辿り着いた裏庭で、ぶるぶる震えて困っている小熊に、俺は優しく声を掛けた。