第35期 #14

夏の葬送

 
  
 住宅街の物かげから、黒い服を着た者たちが三人、四人と姿を見せる。真昼の頃。ぞろり、ぞろり、数は増え、やがて二十人足らず黒い列となる。とぎれとぎれ何人かずつ塊って歩く。中には一人で歩く者もいて、それでみな一様に済生会病院となりの坂を下ってゆく。
 
 ああ、どこかで人が死んだのだ――そう思うことに、きっと慣れている僕は、曇り空の下くっきりと黒い色が動くさまを見て面白く思う。ミニチュア大の人生が演じられている。泣いた者もいるか。そして泣いている者も。でも僕の席からそれは見えない。小指ほどの黒い服が、手と足をしたがえ動いている風としか。遠くから見ていると分からないことがある。部屋ではラジオの中、ビヨンセが「クレイジー・イン・ラヴ」を唄っている。「オ・オウ・オ・オウ・・・ナ、ナナ」路中あますところなく金貨をばら撒いているような声。
 
 ああ、どこかで人が死んだから人が集まり、また離れる――再び僕は思う。今年の夏は曇り空ばかり続く。ここ数日、便秘で重くなった腹を抱えている。黒い服の者たちは日常に点綴された、いつか遠くの僕ら。桜並木が重いみどりを繁らせる。その下を黒い服が通り過ぎる。ガラス越しでしか見えない風景もある。「ソ・クレイジー・ライ・ナウ、ソ・クレイジー・ライ・ナウ、ソ・クレイジー……」葬儀にまだ早すぎる声。
 
 少し運動をしなけりゃいけないな。そう思い僕は部屋を出る。アパートの表玄関をくぐり抜けたとたん、ありったけ蝉の声が両耳を浸した。命の瀬戸際で夏の葬送をしている。アディダスの靴紐を締めながら、そういえば昨日は八月十五日だったことを思い出す。
 
 
 
 



Copyright © 2005 佐倉 潮 / 編集: 短編