第31期 #25

小岩井老人

 小岩井は毎日決まって公園へ降りる大階段の袂に立って時間を潰す。夕時ともなると大勢の人が往来する。老若男女様々な人々がいるものだ。たまに高校三年に成長した孫も通りかかる。これも楽しみのひとつだった。小岩井は杖を支えに目を細め、静かに物思いに沈む。

 「おじいちゃん」
 いつものように祖父がいるので、少し時間もある事だから美佐枝はちょこちょこ跳ねていった。
 「また?」
 「うん」
 美佐枝は祖父の顔をじっと見つめると、不意にため息をついて体の力を抜いた。
 「あたし、おじいちゃんみたいに生きていたいなあ」
 「どうしてだい?」
 「……何にも囚われないっていうか、流れていくものをそのままの姿で見ていられるっていうか、そういうふうに生きていられたらなあって思うの」
 祖父は大きな声で笑った。美佐枝はそういうところに、何もかもわかっている、達観した姿を見るのだった。
 美佐枝は時々、恋愛とか哲学とかに理由もなく空しさや苛立ちを感じる事がある。恋愛は継続していなければ生きていないような感じを与えるし、哲学は現実の生活とどんどんギャップが開いて何が何だか混乱してしまう。
 そんな時にここで祖父がちょこんと立っているのを見ると、もう少し気楽にならなきゃな、と思う。周りを歩いている人は、空や雲や地面みたいに、気にしなければいないのも同然に過ごしてしまう。そういう物事に一日中目を向けていられる祖父が、堪らなくかっこいいと思った。
 「じゃあ、あたし行くね」
 「うん」
 祖父の変わらないにこにこを背に、美佐枝は元気よく予備校へ向かった。

 孫の後姿を見つめながら、小岩井は再び物思いに沈む。
 いやあすごいなあやっぱり女子高生って最高だよだって見てみろよあんなスカート短くしちゃっていやらしいったらありゃしないほらほらちらちら見える白いのやら青いのやらがぷりぷり動いてるよああこの年まで生きてて本当によかった私の時代では考えられないもんなあ昔の人は出来るだけ肌なんか見せなかったしそれが美徳だなんて考えていたけどそんなのは嘘っぱちだよ若い娘の肌が見られるに越した事はないじゃないか吉田の野郎もこの前逝っちまってあいつがいなくなったお陰でこうしてゆっくり堪能出来るしいやあまったく長生きはするもんだよありがたやありがたや。



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