第3期 #6

吹けども飛ばぬ電子の駒に

さる某日大規模なオンライン将棋大会が開かれ、その決勝戦の対局はすでに中盤にさしかかっていた。

小紫隆弘は薄暗い部屋でモニタに向かい不敵な笑みを浮かべつつ、
「そう来たか…」と呟いた。
序盤、隆弘はいつも通り得意とする四間飛車の駒組みを選択していた。対局相手のHN夏枯草(うるき)は隆弘の予想に反し、振り飛車の美濃囲いという定跡に入る。
夏枯草は本来居飛車党のはず、そう恐らくお互い手の内を知っている。しかし夏枯草はそれをあえて外してきた。
――罠か。
「いや、好都合。飛車に追われる夢を見な!」
思わずそう叫んだ隆弘の背後から誰かが彼を呼ぶ。

「隆弘兄ちゃん」それは弟の正春だった。
「鼻血が止まらん、どうしよ…」
「えー! もう!」隆弘は立ち上がってドタドタと床を踏み鳴らし、
「和明! 亨! 紗江子! 真美! えーと、信一!」と家中を叫んでまわった。
隆弘の兄弟は十二人居る。なんと小紫家は総勢十四人の大家族なのだ。
「なにー? 呼んだ?」返事をしたのは八番目の亨だった。
「正春が鼻血出したから、お前が面倒見れ」
「えー、なんで俺が」
「うるせえ」
そう言って隆弘は急いで決勝戦の場に戻る。
しかしそこには、阿鼻叫喚、赤ん坊の妹あかねがキーボードをおもちゃにしている姿が。
そしてモニタのチャット欄には意味不明な文字が並ぶ。
『gjびあsj』
隆弘は目の前が真っ白になる。
対戦者の夏枯草は困惑の記号、
『?』
『す、すすいません』
素早くキーを打ち謝る隆弘。

モニタの時計が示す隆弘の残り時間は五分。半ばヤケクソになった隆弘による怒涛の攻めが始まる。それを深読みして長考に入る夏枯草。一転勝負は混迷を極めた展開へと。
「あー! 兄ちゃんまた健二兄ちゃんのパソコン使ってるー」
「うるせえ和明、今あいつ居ないんだからいいんだよ」
「あーん、誰が居ないんだあ、オイ!」
「あ」
「俺のMACに汚い手で触んじゃねえよ隆弘!」
「ご、ごめん兄ちゃん! 今だけ、今だけ使わせてえ」

兄弟喧嘩の行方に決勝戦の勝敗が分かつ、果たしてその結果は。
「勝ったあ…」
なんと隆弘は残り考慮時間の一分を利用した電光石火の早指しと、天性の勘による詰めろでみごと夏枯草から勝利を奪っていた。しかしてその代償として隆弘が負った悪魔のごとき契約は、賞金のうち半額を兄健二に上納するというなんとも悲しき定めであった。


同じ頃、病室から一人の少女が窓の夕日を眺めている。
「なんか翻弄されちゃった…」



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