第29期 #2
休日だったので遅くに起きた。
いい加減不摂生が板に付いたらしく、なんだか起き上がるのも億劫で、布団に包まったままで煙草を喫りながら、その紫煙に透けて見える自分の部屋をぼんやりと眺めている。
見慣れた八畳一間はいつもどおりに小汚く、そのくせひどく散文的で取り付く島も無い。これでは冬の朝の澄明な日差しに申し訳が立たない、秘蔵のクラシックコレクションでも引っ張り出して陰惨さを粉飾するべきかと考えていると、突然扉が開き、いっぱいの花を抱えた見知らぬ少女が入ってきた。
当たり前だが俺は戸惑った。しばらくあっけに取られていると、少女は手に持った花で部屋を飾り付け始めた。やがて花が足りなくなると、廊下から新たな花を引っ張り込んでまた飾り付けを再開する。少女の動きは忙しなく思われたが、その実驚くほど手馴れていたから、あっという間にテレビは蔦薔薇の苗床と化し、CDラックには花瓶の列が並び、零れ落ちそうな程に豊満な色彩が壁を彩った。
その間俺は呆れるばかりで、煙草がまるまる一本灰に変わったことさえ認識できなかった。
出し抜けに振り向いた少女がこんにちはと言った。
反射的に挨拶を返してしまい、俺は色々と(本当に色々とだ)問い糾す機を逸した。他人の部屋に上がりこんで飾り付けを始めるこの少女も滅茶苦茶ではあるが、考えると黙って見ている俺も大同小異なのだ。それを思うと今更どう切り出したものか分からず、取り繕うように二本目の煙草に火をつけた。
やがて部屋の細部は花に埋没して、異邦の花園のようになった。
今や色調のリレイトがこの部屋のすべてで、隙の無い秩序と整合があらゆる夾雑を外へと追いやっている。少女がこの部屋に入ってから随分長い時間が経ったようにも思われるが、何故だか時の流れさえも判然としない。
少女はこの部屋を死に場所に決めたと言う。
床に食器を入れるための開き戸が付いているのを見つけると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。開くと床下に人間が入れるくらいの空間があって、そこに砂のように花弁が流れ込む。最後の薔薇を投げ入れ、棺としての体裁を整えると、少女はいそいそとそこに潜り込んだ。
「それじゃあ死にます」
それだけ言われた。
格好のいい別れ文句を探しているうちに開き戸は中から閉まり、部屋のすべては永遠の眠りに落ちた。俺は三本目の煙草に火をつけながら、さてどうやってこの部屋から出たものかと思案した。