第28期 #22

屋島トワイライト・セレナーデ

「かわらけ投げ、っていってさ」
 僕は千夏子に説明した。
「昔はここから煎餅みたいな瓦をブン投げて、願かけしたんだ」
「へえ、いつの時代?」
「知らないけど。ずっとずっと昔」
 僕らは瀬戸内海を臨む屋島のさびれた展望台にいて、11月の頼りない光と影に身をまかせていた。空はうす曇りで、海は病的なまでに淀んでいた。
「……ほんとに行くの?」
 訊くまいとあらかじめ決めておいたのに、沈黙の後でやっぱり僕はそう訊いてしまう。
「行くよ。おつとめだもん」
 この時代、日本の人口は300万を大きく下回り、政府は強権的な再建計画に着手していた。一五歳に達した健康な女の子はみな中央に集められ、人工受精でひたすら子供を産みまくるのだ。
「向こうに行ったらビッグ待遇なんだろうな。いいなあ千夏子」
「それを言うならビップでしょ」
 そうだっけ、と僕はとぼけてみせた。つまらないしゃれでも言っていないと、寂しさに心を全部もっていかれそうになる。僕らは幼なじみで、そして町で生まれた最後の子供だった。
「ここから瀬戸の眺めを見下ろすことも、もう当分ないんだなあ」
 と千夏子。眼下には誰からも省みられない、生活廃水で白く濁った多島海がある。
「あたし、朝人くんに手紙書くよ。もし手紙が書ければだけど」
 千夏子は明日、『象牙の塔』へと発つ。正しくは国家人口問題対策研究所生体母体管理局――だが、あまりにも長ったらしいので、誰もそうは呼ばない。
「手紙なんていいよ。それより夜寝る前に星を見上げて、おれの名前を三回呼んでくれよ」
「星なんて、もうどこへ行ったって見えないでしょ?」
「そのくらい用意してくれるだろ、国が」
「寂しいなあ、朝人くんに会えなくなるなんて」
 このせりふは反則だった。思わず泣きだしそうになったが、僕は泣かなかった。お国のために出征する女の子を、男として町の代表として、雄々しく見送るのだ。
「あたしさ、いつか帰ってくるよ。おつとめが終わったらさ。六〇歳とかかな。だから待っててよね」
「そんなに長いこと待ってられるかよ」
 僕は力なく笑った。でも千夏子は真剣だった。
「待っててよ。絶対よ。もし死んでたら許さないから」
「アイアイサー」
 千夏子は目を閉じて、しばし潮風の匂いに浸っていた。僕はその横顔を、いつまでいつまでもずっと眺めていたい、と思ったのだった。



Copyright © 2004 野郎海松 / 編集: 短編