第276期 #3

不思議なアリスの国

 少女に名前を聞くと、アリスだと答えた。
 不思議の国のアリスのような白いエプロンをしているので、かなり怪しい。
「わたしはただのアリスです。そんなタイトルの物語なんて読んだことがありません」
 グリム童話などは?
「グリム知りませんが、グリルチキンなら昨日食べましたけれど」
 警察を馬鹿にするような態度や、〈物語〉という単語をあえて使ったりすることから察するに、少女はたぶんファンタジー主義者だ。
 
 署に戻ると、私は先ほど逮捕した少女を、怖い顔をした尋問官に引き渡した。
 報告書を書いてタイムカードを押した後、三日ぶりに家へ帰ることができた。
 さらに有給休暇を利用して三日間の休みが取れたから、まず一日目は、何も考えずダラダラ過ごすことにした。
 アニメの秘密サイトへ行って、気になっていた作品を一気に十二話分観ながら缶ビールを三本飲んだ。

 休日二日目は、私が逮捕した少女を救い出すことにした。
 私が警官の服装をして、警察による尋問の必要があるからと責任者に言うと、すんなり少女を留置所から出すことができた。
 万が一に備えて催涙スプレーを用意したのに、使う機会がなかったのは少し残念だ。
「誰か知らないけど、助けてくれてありがとう……ってあなた。わたしを逮捕した警官じゃないの?」
 まあそうなんだけど、一度こういう姫を救い出すみたいなこと、やってみたかったんだよね。
「つまりわたしは、あなたの趣味に付き合わされたと?」
 でも君のようなファンタジー主義者はね、私が逮捕しなくてもいずれ他の警官に逮捕されていただろうし、最悪の場合、死刑になっていたと思うよ。

 休日三日目は、少女と一緒に両親の住む田舎へ帰った。
「久しぶりに帰ってきたと思ったら、金髪で青い目の女の子を連れてくるなんて。お前、大丈夫かい?」
 まあ大丈夫じゃないし、いずれ少女も私も、ファンタジー主義者として逮捕されるだろう。
「よく分からないけど、お前が帰ってきてくれて母さん嬉しいよ」
 さあこれからどうするかだけど、少女は疲れ切って眠っている。
 きっと警察もすぐにここへ来るだろうから、私は真夜中に少女を背負って、子どもの頃よく遊んだ洞穴へ行った。
「お待ちしていましたよ。もう十数年ぶりでしょうか」
 洞穴には、ランプを持ったキツネがいて、奥へ案内してくれた。
「本物の、不思議なアリスの国さんを連れてくるなんて、あなたって人は」
 不思議の国のアリスね。



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