第276期 #4
海から見る空には砂漠の砂粒ほどはあろうかという星がまたたいていた。
神は言った。その者を里に帰してはならぬ。
海は大時化。青年が乗る船は御者があおる杯のごとく揺れに揺れた。
目を覚ました青年は見知らぬ浜にいた。
浜には人けがなく人工物も見当たらない。
青年は目の前の森に分け入った。
急に森が開け、大きな洞穴があった。
そこには一つ目の巨人がいた。
ここに何をしにきた。
巨人が使う言葉は青年の国の言葉だった。
難破したのだ。ここにいるのはきっと私だけだろう。
巨人は、そうか、というように頭を振ると、
お前はだから裸なのだな。
と言った。
巨人は青年を狩りに誘い、槍を貸してくれた。槍は青年に丁度よい大きさだった。
森には、鹿に似た獣、狼に似た獣、熊に似た獣がいた。巨人は熊に似た獣ばかり、住居ほどもあろうかという腰に提げた籠の中に放り込んでいった。
ケミは美味い。スキやカカキムも美味いが、今はケミだ。
洞穴の前に腰を下ろした巨人は上機嫌で語りながら、熊に似た獣の頭を片手で捩じ切り、背を丸めて獣の皮を丁寧に剥がしては地面に一体ずつ一列に並べ始めた。
十三体すべて並べ終わる頃には日が暮れ始めていた。
裸の青年はというと三体目あたりから独りで狩りに出て鹿に似た獣を仕留めていた。
裸の青年は火を起こせそうな石と火が点きそうな枝を集めて巨人の前に戻ってきた。十体目が終わったところだった。
青年が鹿に似た獣の下処理を終えたのは巨人が熊に似た獣の下処理を終えたのとまったく同時だった。
裸の青年がふうふう頑張って火を起こしている目の前で、巨人は洞穴の中に手を突っ込み人間の形をした石像を取り出した。
巨人がその石像を下処理の済んだ肉の上で小さく振るように動かすと、ぼふぅ、と音を立てて肉から煙が立ち上り、煙が晴れて現れたのは、こんがり焼けた獣の肉だった。
そうして巨人が残りの十二の肉にも同じ動作を繰り返す姿を眺めながら裸の青年は、巨人が握る石像の手に石ではない杖が握られていることに気がつき、とある御伽噺を思い出していた。
かつて青年の国は魔術師に支配されていた。ある時、王である父を魔術師に殺された王子が謀反を成功させると、魔術師を自身の杖の力により石の姿に変え、巨人が暮らす島の洞窟に封印したのだという……。
しかし巨人に勧められた肉を頬張り始めた青年は御伽噺のことをすっかり忘れてしまった。