第270期 #3

勇者道場

 遥か昔、一人で魔王を倒した勇者がいた。その後、勇者の村の多くの若者達も勇者を目指し始めた。
 彼らが目指すのはその名も魔王城、魔王の城である。
 村の言い伝えに魔王が蘇ったとあり、勇者を目指す若者達は「魔王を倒す」と意気込む。しかし、多くが道中の魔物相手に命からがら逃げ帰ってきた。
 とは言え、魔王城まで辿りついた者達も僅かだがいた。だが、誰もが毒気を抜かれたような面持ちで村に戻り、勇者を目指さなくなった。
 大人達はその姿に首を傾げたが、命を失うような勇者を目指さず、地味だが大切な職に就くのを秘かに喜んだ。
「意気地のない奴ばかりだ。だが、俺は違うぞ」
 と、そんな大人達の気持ちも知らず、勇者志望の若者がまた一人、村を後にした。

 鬱蒼とした森の中に、その禍々しい城はあった。
 その姿に若者は息を呑むが、苦難を乗り越えここまでこれた自信からか、しっかりとした足取りで開き放たれた城門をくぐった。
 城内に魔物の気配は無いが、目に見えない圧のような何かがあり、若者はそれを発してる場所へと無言で歩いていった。
 そして、若者は王の間へと足を踏み入れた。

 そこには、豪華な王座に座り書物に目を落とす、一見、人と変わらぬものがいた。ただ、頭に二本の角があり、肌も若干だが紫色に近い。それは、村の言い伝えの魔王の姿と同じだった。
「おまえが魔王か」
 その声に、魔王が顔を上げた。そして、読んでいた書物を閉じ、傍らにあった机の上に置く。
「今、私が魔王かと問うたな? うむ。ここ500年ほど、魔王をやっている」
 その魔王の言葉に、若者は少し違和感を感じた。だが、それが何かはわからなかった。
「で、何用だ?」魔王が問う。
「俺と戦え。おまえを倒して、俺は本当の勇者になる!」若者は叫び、魔王に立ち向かった。

「うっ」若者は折れた剣を力なく落とした。
「中々、見どころがあるな」
「くっ。殺せ!」若者は両腕を広げた。
「待て。鍛えなおして戻ってきなよ。私だって、何度も挑戦したんだ」
「え?」
「そうか。やはり、あの子達から聞いてないか」

 魔王は静かに語り始めた。
 自分が魔王を倒した勇者だった事。魔王に呪いをかけられ、この姿と不死になった事。
「若者が勇者を目指すのは私の所為だって、苦情があってね。危険な魔物は私が倒して、見込みのある子だけ来れるようにしたんだ。ん? どこに行った?」
 最後の言葉を聞かずに、若者は魔王城から姿を消した。



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