第270期 #2
電車で都心に向かう間、小鳥は唄い続ける。
「昨日からやり取りしてるのがこの人で…」
スマホにある痩せた男性の写真を見せてくる。19歳の大学生らしい。
「今日会うのがこの人」
次はスーツを着た堅実そうなサラリーマンの写真だ。
様々な男性と肌を重ねる度、記録をつけるように小鳥は私に報告する。蛇行した線路をぬけると青空とビルの群集が現れた。私は小鳥といることで辛うじて世界と繋がっている。
人の流れに沿い、デパートに入る。化粧品のカウンターは、色相環順のアイシャドウや口紅がライトに照らされ輝いている。香水の匂いが一面漂い、足元は大理石の床が広がる。
「お試しになりますか?」
売り子が愛想よく「消費者」に声をかける。小鳥は促され椅子に座る。売り子はパフを取り出すと小鳥の肌に丹念に化粧水をつけてゆく。
私は巨大なモニターの動画を見て待つ。痩せたモデル達がいっせいに振り向き、彩られた唇と目が次々アップされる。彼女達の世界が「正解」らしい。愛されたい欲望は膨らみ「消費者」の購買意識に拍車をかける。
メイクされながら小鳥がほほ笑む。誰からも必要とされないと泣いていた頃を思い出す。今は幸せそうだ。彼女達の世界に近づいているからなのか。
フルメイクした小鳥が公園の木々をぬってゆく。男と連絡が取れなかったのだ。私は内心安堵している。落ち葉は踏む度に乾いた音がする。
「忙しかったんだよ…仕事、大変そうだもの…」
小鳥は自分に言い聞かせているようだ。選ばれない事は無価値なのだろうか。
突風が吹いた。葉と葉が重なる音がし木漏れ日がゆれた。芝生に寝転んだ小鳥の肩の頼りなさに心奪われた。
小鳥の子宮を想像した。そして私の子宮。広い芝生に二つの子宮がただ存在する奇妙な感覚に囚われたが、周囲を見渡せば生殖器だらけだった。それらは、ラケットを振り回す、手をつなぎ微笑みながら散歩をする。三輪車に乗って、寝そべり走り笑う。
交配を繰り返し、次の世代に受け継がれる巨大な循環。「彼女達の世界」もパレットの一色に過ぎない。全てを包み溶けてゆく。この芝生の下に何千何万種の生死が繰り返され眠っている。土に還っても私は分散と膨張を続け、地球が続くかぎり世界の一部になる。何の心配も要らない。
私は小鳥と繋がっていただろうか。小鳥はスマホで次の候補を探している。
「会うの?心配だよ」
声に出すと初めて本音を言ったことに気づいた。