第27期 #5
中国の、館の一室の窓辺に、独り端座している。
時あたかも早春である。
窓の外には悠々たる大河が流れている。河幅は相当に広く、対岸は水墨のようにおぼろに霞んでいる。
左右を見渡してみるが、窓からは一木一草も見ることはできない。
どんよりと曇った空の下に、静かな大河の姿だけがある。
この大河はさぞかし名のある河だろうと感じる。
館も、かなり古い時代の由緒あるもののようだ。恐らく、昔の権力者が、この河を賞でるために河畔の一等地に建てさせたものだろう。
室の天井は高く、柱や梁の材は武骨に太い。窓の前面には露台が組んであって、大きく河に張りだしている。
しばらく静かな川面のさまを眺めていると、細長い髭をはやした執事らしき男がやってきた。
彼は釣り竿を携えている。ここから釣りをしろということのようだ。
さらに、男は会釈して一枚の大きな白い紙を差し出した。
鳥の子紙のような密度のある紙の上には、大小さまざまの無数の「魚」の字が、筆でびっしりと書かれている。
小さい魚の字は下の点も二つか三つしかなく、中央の「田」の部分も「口」になるなど、薄墨の細筆で簡略に機敏に書かれている。
大きな魚には、筆画が混み入っていてまるで写生画のように精緻に書かれているものもある。また、墨痕鮮やかに豪快な筆致で書かれた力強い魚もある。
しかしどれも、「魚」の字である。
どうやら、これを餌に使えということらしい。
私は、なかから活きのよさそうな字を選ぶ。すると、男はそれを瞬時に紙から引っこ抜き、針につけた。
私は、渾身の力を込めて竿を振り上げ、大河めがけて勢いよく釣り糸を打ち込んだ。