第27期 #22

二十歳のテープ

クローゼットを開けた妻が、テープレコーダーを落とした。大きな音がして、どうやら中の部品が壊れたみたいだった。

「おはようっ、太郎丸」
「おはようござる、たろうちん」

かおりは毎朝いろんな言い回しで私を起こした。元気よく、大きな声で言ったあと決まって私の上に飛びのってくる。だから私は朝がくるのが楽しみだった。ただ、かおりは初めて私と寝た翌朝からいつも性能がよさそうなテープレコーダーを持っていて、私たちの会話を録音した。私がそのことを尋ねると

「太郎はテラヤマとか嫌いだったよね」
「テラヤマ? ああ、寺山修司か。へんな芝居やってた人だろう、興味ないな」
「あたしは好きなの。バイブル。で、テラヤマがね、一番不幸な女のことで書いててそれが『忘れられた女』なの」
「それじゃあ、俺たち別れるみたいじゃないか」
「わからないでしょう」
「別れないよ」
「信用してない」
「じゃあ、たとえば別れたとする。そしたらテープは俺にくれるの?」
「あげない。あたしが持ってる」
「それじゃあ意味ないじゃないか」
「ううん、二十歳のあんたはこのテープの中にいる」
「他に好きな男ができたらどうするの」
「それは別の話だもん。問題は忘れられないことだから」
「よくわかんないな」
「とにかく私には必要なことなのよ」


かおりが事故で亡くなった、というのを知ったのはそのときから8年あとのことで、私たちは別れていた。今振り返っても、どうしてたった1年で別れることになったのか思い出せない。仲はよかったし、たいして喧嘩をすることもなかった。目を閉じて思い出したときのかおりはいつも笑顔だ。私たちが若かったからーーそれは理由になるのだろうか。

しかしかおりの死を聞いても涙はでなかった。あのテープはどうなったんだろう、とそればかり考えてしまう自分を責めた。

葬式の後、かおりの同居人だったという女性から、あのテープレコーダーを手渡された。少しきまづい。私たちは話をすることもなく、私はそのテープレコーダーを部屋に持ち帰って、中にはいったテープを再生した。


毎朝私を起こす場面だけを編集してあった。部分的に不機嫌に返事をする私の声も入っていて、たしかに二十歳の私はそこに生きている。


「なによこれ、テープ入ってる」
「ああ」
「でも、これ再生できないねー、カセットなんて使わないしね。どうしよう、捨てちゃう?」
「ああ」

妻が破片を拾っている。私はそれを眺めている。



Copyright © 2004 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編