第265期 #6

悲しみを焼いて食う

 悲しみが溢れ出て止まらないので食べることにした。
 ただ、比喩表現なので物体の悲しみがあるわけではない。一休さんはどうやって屏風の虎を出した? 私は途方にくれた。
 とりあえず、見えないものを形にするのは小説家であろうと小説家の友人に連絡した。
 おれは趣味で書いているだけだけど。まあ面白そうだからやるよ。と友人は言った。
 それから友人の2LDKに篭り試行錯誤すること三日。突如悲しみは具現化した。
 私の悲しみは、リビング中央こたつ20?p上に浮かぶ。それは一枚の花びらのように端が尖った楕円形をしていて薄く、緩く反っている。大きい。
 カジキマグロをペシャンコにしてヒレを削いだ感じと友人は言ったが、私の悲しみがそんなコミカルなはずがない。
 私はこたつに足をかけ、そっと悲しみに触れた。思った通り冷たくて、しっとりしている。
 少しぬめっとしてるな、やっぱり魚みたいだ、と友人が言ったが無視した。
 私は悲しみの先を両手でもち、少し力を入れた。悲しみは簡単に折れて私の手に残る。
 私は悲しみをまな板にのせて、みじん切りにする。涙が出てくる。私はそれを溶いた卵に混ぜて塩コショウをふる。フライパンを熱しているときに、ふと思い出して、台所の引き出しを探る。知らないスパイスの奥に味の素を見つけた。彼女がしていたように俺はそれを何振りか入れる。余った悲しみは鍋に入れて煮込む。最後にコンソメで味付けをしよう。
 卵をひっくり返してまとめている時に、それまでぼーっと見ていた友人が米を洗い出した。俺はご飯がないと食べれないとか言って。
 私は平皿に悲しみのオムレツを盛りつけ、スープと一緒にこたつに置く。ケチャップを手に持ち、何を書くか考えるが、あきらめて〇を書いた。
「いただきます」 
 私は悲しみに手を合わせ、スープを飲んだ。悲しみのダシが出ている。悲しみを掬って口に入れると、甘みと少しの苦みを感じた。
 うん、うまい。
 スープは当たりだ。次はオムレツだ。スプーンでざくざくと卵の腹を一口大切り取って、口に入れる。こちらは卵のコクと相まって濃厚な味。遠くに別の甘みを感じる。味の素か。彼女が愛し、私が偏見で食べなかった化学調味料が、卵と悲しみをうまく調和させている。
 ぴろりろろろ〜んと電子音が鳴り、炊飯器の開く音がした。後ろで友人が言った。
「全部食べてるじゃねーか!」
 私の悲しみは私だけのものだ。やるわけがない。



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