第26期 #25
最近はワイヤーが流行っている。喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら外を眺めていると、若い女の子達がキラキラとカラフルなワイヤーをパソコンやバッグから自分の身体に巻き付け、いろいろなものをワイヤーで繋げて、歩いて行くのが見える。あたしの頃なんかは、ともかくワイヤレス。ワイヤレスが大流行して、なんでもかんでもワイヤレスになって、全てが世界の何処かにあるワイヤレスでサーバーと繋がって、それで、部屋の中からは何もかもが消えたものだったけれど。
「死んだよ」
メールが入る。
「彼女が死んだ。自殺したよ」
メールは友達からで、あたしが最近見続けているサイトの管理人が死んだ、とのことだった。
「そう。寂しくなるね」
あたしはメールを返す。きらきらと光り溢れる昼下がりの喫茶店にかちかちとキーボードを叩く音が響く。
サイトには彼女の描いた詰まらない絵が沢山置いてあって、詰まらない文章が沢山置いてあって、つまりあたしが昔書いたようなものが沢山あって、そして詰まらない日記が五年ほど続いていて、そして今日止まった。
「そうだね、寂しいね。死んだのは彼女であって私達ではないからね」
パソコンをしまい喫茶店を出る。ずっと雨が降っていない。全て乾ききっていて、全てがきらきらとしている。
今日の仕事はとある女性アーティストへのインタビューだった。
彼女は近年最も売れた女性アーティストで、じかに会ってみると確かに彼女には何か迫力が感じられた。売れている理由が何となく解る。あたしは、彼女は盲目なのだろうな、と思った。耳が聞こえないのかもしれないがそれよりもやはり目が見えない、その方がしっくりとくる。
「そんなことはありませんよ」
彼女は笑って答える。
彼女の笑顔を見ながら昔、盲目になりたいと思っていたことを思い出す。目が見えなくなったら。何も見ることが出来無くなったら。ワイヤレスが流行りだした頃のことである。全てを見ることが出来無くなれたら。
(わたしはね、言うよ。世界は美しくない。君達がどう思うかは知らない。君達はあんなことやこんなことで感動なんかしてしまって、それで美しい、なんて思うかもしれないけれど、でもね、やはり美しくないよ。世界は美しくない。神様にだってそう言うよ。世界は美しくない。全く美しくないって)
誰かがそんなことを言っていた。誰が言ったのか、あたしは忘れてしまった。あたしは、盲目になりたかった。