第26期 #20

難病少女vs.難題女

 花束を抱えにっこり笑って、白い病室のベッドに横たわる少女に目の焦点を合わせた。毛糸の帽子をかぶっているのは、治療の副作用で髪がなくなったからのようだった。会戸さんが私を紹介した。友人で、ぜひ少女に会いたいと思って来たそうだ。私がベッドの側に立つと、少女の顔がみるみる歪んでいった。
「会戸さんは、この人と結婚するのね!」
「違うよ。この人は……」
 少女の息が急速に荒くなっていった。会戸さんが「ゆっくり、ゆっくり」と言った。私が横から覗き込むと、きゃあきゃあと悲鳴を上げてますます息が激しくなった。会戸さんがナースコールを鳴らした。
「出てって!」と少女は私を指差した。
 後を看護婦に頼み、会戸さんと私は病室の外に出た。
「過換気症なんだ」
「気を遣いすぎるのも返って良くないんじゃないかしら」
 会戸さんはまっすぐ前を向いてまるで私の話を聞いてなかった。
「こうしよう。君は山中と夫婦なんだ」
「なぜ」
「その方がぼくと無関係だってはっきりするだろ」
「そうなの?」
 会戸さんは先日山中さんを交えて撮った写真がまだ車に置いたままだからそれを使おうと言った。私が山中さんと会ってたことを気に掛けてるんだろうかと考えてみた。会戸さんは私の手を取って広げて見た。
「指輪が要る」
 会戸さんは病院の駐車場から車を出して私を助手席に乗せてジュエリー店へ急行した。店員に最初に勧められた指輪をクレジットカードで買った。病院へ取って返して、ドアの前で私の左手の薬指に指輪をはめて、山中さんと私が写った写真を押し付けて、私だけ病室に入れと言った。
 普通の女の子だったら、はっきり断るか、あるいは泣き出すんじゃないかと思った。でも私は別にそんな気持ちにはならなかった。むしろちょっと華やいだ気持ちだった。それも変だなと自分でも思った。病室に入ると既に少女は落ち着いてベッドで本を読んでいた。笑顔ですたすた歩み寄り薬指の指輪が見えるように左手で写真を持って差し出した。
「私、結婚してるの」
 少女は本を置いてちらり写真を見た。
「会戸さんを呼んで」
 会戸さんが入ってきて、枕元に座った。私はその後ろに下がった。少女はひそひそ囁いた。それから声を大きくした。
「私たち、いつ結婚するの」
「次の君の誕生日の日だよ」
「キスして」
 会戸さんは少女にぎこちなくキスした。枕の上にそっと戻された頭が会戸さんの肩越しにこちらに向き、満足そうな笑みが広がった。



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