第26期 #18

hallelujah

 壁のペンキがほろほろ剥がれるごとく青空が降ってきて曇り空に替わった。一ヶ所だけ片意地に残っていたやつは叩いて落とし、全面が白雲に覆われて予報が当たった。思い通りにならなきゃ何でもすんのか、と言われても仕方ない。時計を見たら午前8時だった。
 いつでも自分が好きな天気に変えているつもりは無く、四季と、周期は考えている。それでも予報が外れるより当たったほうが文句を言われるのは、当然といえば当然なことだろうか。苦情対応にあたっているのは僕ではないけれど、鳴り止まない電話に苛ついた同僚が「こんにゃろがあー」と奇声を発して飛び蹴りを繰り出してくることは頻繁にある。それをよけながら一週間を無事に過ごして、土曜日の朝に会いに行く。

「どうして曇らせるのか」
「仕事だから」
 映画の感想も聞かないうちに天気のことを言われ、顔を横に逸らして溜息をついた。これが何回目か、何人目か数えてはいなかった。かつて会った人たちは晴れていれば日焼けすると怒り、雪を降らせれば寒くて陰鬱だと言った。現在の人と知り合って僕は、土曜日をいつも曇りに設定している。
「雲は好きだけど」
「ん」
「黒い雲もいい」
「……考えとく」
 綿雲、絹雲、形は変えていたけれど色はいつでも白かった。本当は灰と黒なら簡単に作れる。色のついた雲はほとんど作らない。この人はとりあえず曇っていても怒らないのだ、そう思い、なんとなく笑みを浮かべて雲を見ていた。晴れたら彼女は顔をしかめて眩しいと言い、雨を降らせたらいつまでもじめじめと愚痴を零すだろうか、次の週末からは少しづつ天気を変えて、怒った表情を見てみたい気もしていた。

 列島を台風に通過させた水曜日、メッシュ状に区切られた画面ではぱらぱらと晴れの地域が広がっていた。苛ついてんのか楽しいのか判らない同僚の予報官は「はれるじゃあー」と奇声を上げて跳びまわっている。
「hallelujahはハレルヤって読めよ」
「え」
「日本語じゃ無えよ」
 黒い地面と黒雲のあいだに白雨を降らせるか、壁にペンキを塗ったような青空にするか、何かめずらしい色の日光を見せるか、三日後の天気を未だに決めていない。



Copyright © 2004 川野直己 / 編集: 短編