第26期 #15

パフェ・バニラ

 幸せそうにパフェを食べるはるちーを見ながら、はるちーはなぜはるちーなのかと考えてみた。「春子」だから「はる」は分かるにしても、「ちー」はいったいどこから来たのだろう。私が高校で出会ったときには、はるちーはもうすでにはるちーだったから、どうやってそうなっていったのか、私は知らない。背がちいさいわけでもないし、名字は井上だからちーなんてぜんぜん関係ない。
「食べる?」
 アイスの乗ったスプーンを私に向けて、はるちーが聞いてきた。
「いらない」
「もったいない。人生損してるよ」
 私はアイスクリームが好きではない。食べると気持ち悪くなってしまうのだ。はるちーは私にもアイス好きになってほしいようで、たびたび薦めてくるのだけれど、嫌いなものはしょうがない。
「いいよべつに、アイス以外にも、食べるものいっぱいあるし」
 私が言うとはるちーは真剣に首をふる。
「違うよ。アイスって特別な食べ物なんだから」
 きっと、そうなのだろう。はるちーを見ていると、それがよく分かる。
 私はチョコワッフルをナイフで切って、口に運んだ。おいしい。はるちーほど幸せな表情はできないけれど、それはきっとワッフルのせいではない。
「ねえ、はるちーのちーって、なに?」
 はるちーの手が止まった。
「ん?」
「はるは分かるけどさ、ちーってどっから来たの?」
 はるちーは首をかしげながらキウイを食べる。
「んーとね、最初はさかさにして子春って呼ばれてて、子と千が似てるからって千春になって、ちはるちはるちはるち、ではるちになったの、ちーって伸ばすかどうかはお好みで」
「はー、すごいね」
「歴史あり、でしょ」
 それだけ愛されてきたんだなあ、と、友として私はしみじみ、うれしく思った。
 はるちーはパフェを食べるのをひとやすみして、紅茶を手にした。スプーンはパフェに挿さったままになっている。
「ちょうだい」
 私はスプーンを手にとりアイスをすくった。ゆっくりと口に近づけて、おそるおそる食べてみる。バニラの甘さが口の中に、鼻に、顔全体に広がって、喉を通ってお腹に入り、なんだかむかむかしてきた。スプーンをパフェに戻し、あわてて紅茶をすする。
「うえー、ダメ」
「あーあ、かわいそうに、同情するよ」
 もう二度とアイスなんか食べるまい、と私は誓った。いいのだ、おいしいものなんて、いっぱいあるのだから。アイスなんかより、このチョコワッフルのほうが、ずっとずっと、おいしい。



Copyright © 2004 川島ケイ / 編集: 短編