第26期 #14

パラサイト

義男は大学に通いながら演劇養成所に入所し、舞台役者をめざす。他の練習生のような貧乏を恐れた義男は自宅から通う。両親も義男を手許においておきたかった。義男は卒業公演のリハーサル中舞台から落ち、大怪我。後遺症のため復帰が難しい。湯治しに友人、仁のいる北海道に行く。大学院生の仁は父親を早くに亡くし、奨学金で学ぶ。早く稼いで独立したいと語る。義男には理解できない考え。仁と湯に浸かっていると隣に居合わせたのが舞台役者の賀次郎。義男は身体が治ったら役者修行に復帰したいと口にする。賀次郎は義男を一瞥。売れなければ死ぬまでずっとアルバイトのしどうし。覚悟がないなら諦めろと言う。義男は落ち込み、帰宅後ひとり部屋に閉じこもる。父は明け方眠り出す息子に文句も言わず会社に出かけ、母は三度三度の飯を盆に用意した。埃渦巻く部屋のなかで、義男は週刊誌のなかに「パラサイト・シングル」という文字をみつけた。目標のない義男は、おのれがダニか虱のように思えてきて吐き気がした。仁の言葉が思い出された。義男は独立を思い立ち、アルバイトも見つけた。しかし、過保護の父母は反対。独立しなければ虱に堕するという強迫観念ばかり。定期貯金を崩し、日当たりの悪い狭い部屋を借りた。引越しの日、父が車で送る。後部座席の母から鼻をしきりとすする声がする。義男はその声に戸惑った。そして、過保護、パラサイト、独立、世間、一人前、マザコン、幼児、ピーターパン、寄生虫、さまざまな言葉がよみがえり、母は心底出ていって欲しくないんだと感じた。やっぱりよそうと思い振り返る。母は花粉症だった。おおきなくしゃみをし洟をちーんとかんだ。力の抜けた義男は吹っ切れた。両親は不肖の息子をはじめて突き放したのだ。義男の視界は急激に明るく広がり、あのじめじめした狭い空間に自分の人生の根を生やすのだと思うと武者震いがした。



Copyright © 2004 江口庸 / 編集: 短編