第26期 #10
神社のお祭りは、僕らの夏の楽しみのひとつだった。夕方近くなると神社のまわりに人が集まって騒がしくなり、日が暮れる頃には町じゅうの道が神社につながっているような浮き立った気持ちになる。日暮れとともに太鼓の音が鳴り、僕の心臓もつられて鳴った。金魚みたいな浴衣の帯に、僕らはぶざけてお尻をふりふりついて歩いた。境内は夜店が五軒並ぶといっぱいで、小さい子は神社の裏にある大きな木のまわりで遊んでいた。
鳥居から一番奥にスーパーボールの水槽がある。小さなボールがたくさんあるなか、ゆったりと水に浸かっている大きなボールがいくつかあった。小学校高学年ともなれば小さいのに目もくれず、ひたすら大きいやつを狙う。お小遣いは限られていたから取れるまでやればいいというわけにはいかなかった。
「キング狙ってんだろ」
僕の横でたけしがズボンのポケットに手を入れて立っていた。Tシャツの上に羽織った縞模様が風になびいている。たけしはスーパーボール掬いの名人だ。水を手で掬うようにボールを取る。
「おう」
返事したものの自信はなかった。惜しいところで毎年僕の夏は終わるのだ。
「俺、先にやるぞ」
たけしは意気込んで腰を下ろした。水槽がだだっぴろい海に思えた。追いかけても追いつけない、金色のスーパーボールは夕日のように輝いていた。たけしは慎重に機会を伺っている。狙ったもののために何度もポイに穴をあけた。誰かがやみくもに手を突っ込んだせいで水面が波が立ち、スーパーボールが大きく揺れた。たけしはそれを見逃さなかった。すばやく身構えると、押し寄せられてきた金色のスーパーボールを見事にポイにおさめた。回りの子供たちがたけしににじり寄る。たけしはおっしゃーと叫び声をあげた。
今、僕の手のひらに金色のスーパーボールがある。テレビを見てるときなんかにたいてい手にしていたので金色は褪せて、包んだ手のひらから容易にかすれた色がのぞく。たけしが金色のスーパーボールを掬った夏の終わり、目玉商品はキャラクターものに変わってしまった。
たけしが僕にスーパーボールをくれたのは卒業式の日だった。俺ら中学だなとたけしが言い、僕は曖昧にうなづいた。何もわかっちゃいなかった。たけしがスーパーボールを僕にくれた理由も、三年間握り締めていた自分の気持ちも。二度と手にすることができなくなってしまった金色のスーパーボールは、海の真中に日が沈むように落ちている。